* これが私の好きな(んて認めたくない)人 *
私の好きな人、この学校で一番性格悪いんじゃないかと思う。
だから人には言えないし
告るなんてもってのほかだし
なんなら自分でも認めたくない。
『ドンッ!』
「いった…」
私の好きな人が、
クラスメイトと楽しそうに喋って
よそ見しながら私の脇を通り過ぎていく、
それを目で追っていたら肘が思いっきり胴に入って、
もしかしてわざと!?と思って
振り返りながら私は声を張り上げる。
「痛いな荒井!」
「あ、今ぶつかった?」
そこ疑う!?
「大丈夫か?」どころか「悪い」も「すまん」もなく
懐疑的な目線だけを向けてきた荒井は、
下品な笑い声を上げながら机の間の狭い通路を通り過ぎていった。
唖然としている私に、横から親友のフォロー。
「マジ荒井ありえない。、はっ倒してやれば良かったのに」
「ははは…」
そう。
私の好きな人はこんなだから、
私は親友にすら自分の想いを打ち明けられていない。
なんでこんな人が好きなんだろう。
自分でも謎で、しょっちゅう自問自答してしまう。
運動神経は良い方みたいけど、
それだったら同じクラスだと桃城の方が上。
お勉強はてんでダメみたいだし。
(っていうかやる気ない?)
顔は、まあ、悪くはないけど、
私は元々は美少年系がタイプ。
そして性格と素行の悪さはいうまでもなく…。
机の上に足を乗せながら雑誌を読んで
相変わらずの下品な笑い声を上げているのを見て
もっとマシな人は居なかったのだろうか…と
自分の胸に問い掛けてみる。
でも、気付いたらちょっと特別な存在だった。
どうしてこんな人を、って思いながら、
今日もついつい目の端で追ってしまうのである。
誰にも気付かれない程度に、そっと。
「来年はもっと平和なクラスだといいな〜。
クラス分け別になってくれますように!」
はそう言って手指を組み合わせて祈るポーズを取った。
そっか……クラス分け。
来年はもっと平和なクラスだといい。
それは私も同じ思い。
だけど、別になるのは、ちょっと寂しいな、なんて。
口に出せやしないけど。
春休みに入っても、
別のクラスになっても、
気軽に話せるような関係に
今のうちになれたらいいんだけど……。
2年8組で過ごせる残りの日数を指折り数えようとして
片手しか必要ないことに気付いて、ため息が出た。
(それが出来てたら、もうとっくにやってるんだよなあ…)
本人どころか、友人にすらこの気持ちを打ち明けられない。
たぶんその理由は、
私自身がこの気持ちの出所がわからないからではないかと思う。
どうして私はこんな人を好きになってしまったのだろ。
**
今年最後の授業は、英語だった。
英語は日々の積み重ねが大事だからとかなんとか言って
たんまりと課題が出されて教室には大ブーイングが起きた。
休み時間が始まって先生が教室から去って、
私も後ろの席の子にツンツンと背中を叩かれて振り返ると
やっぱり話題はその課題のことだった。
「春休みなのに課題多くない?休みじゃないじゃん」
「ほんとそれ」
「ちゃん英語得意だったよねー、困ったら助けて〜」
「えー全然いいよ」
「ホントに!?
じゃあさ、春休み中連絡するかもしんないからフレンドなろ〜」
「いいよー」
そんなやり取りがあって、
一年間同じクラスだったというのに
今更連絡先を交換する私たち。
本当に連絡することがあるのか、
そして新学期になって別のクラスになったら
関わることもあるのだろうか、とか思ってしまう。
そんなことを考えながらも、
向こうが表示してきたQRコードを読み取った。
幾度と繰り返してきたフレンド追加の一連の動作を終えて、
ふと横を見ると荒井が通り過ぎるところだった。
いつもだったらうまく声なんて掛けらんなかったと思う。
でも、もうこのクラスも終わりなんだという思いが私を突き動かした。
「荒井も連絡先交換してあげよっか〜」
「は!?なんの話だよ要らねーよ」
…ですよね。
心がポキリと折れる音を感じながらも、
凹んでいるのを悟らないように強がって
「えーせっかく課題に詰まったら教えてあげようと思ったのにー」
なんておどけて言ってみたら、
「それもそうだな」
と顎に手を当てている。
ん?
「俺、春休みは部活三昧の予定だから課題やる暇なかったら写させて」
「いやいや、写すとかじゃなくて教えるよって言ってるんだけど」
「うるせーな」
それが人に頼ろうとしてる人の態度!?
と信じられない気持ちになったけど、
それ以上に信じられないことが目の前で起きる。
「ほい」
目の前には、QRコード。
想像よりも気楽な雰囲気で差し出されたQRコードを読み込んで、
「です」とだけの簡素な文章のあとにスタンプを送った。
即既読になったけど、特に返事は来なかった。
目の前に居るんだからそれもそうか。(私だったら送るけど…)
でも、これでいつでも荒井と連絡取り合うことができるんだ。
本当に連絡するかは別として、「しようと思えばできる」
という状況を手に入れただけで私の胸は躍ってしまって
浮かれていない様子を装うことに苦労しながら画面を凝視した。
もっと雑な写真使ってたりとか、
なんなら初期設定っぽそう…と思ってたのに
アイコンに使用されていたのは
エモめな夕焼けのテニスコートだった。
荒井でもセンチメンタルに浸ることとかあるんだろうか。
「……なんだよ」
「えっ、あ!ごめんなんでもない!」
「チッ」
無意識にアイコンと本人の顔を見比べていたことに気付いた。
荒井は舌打ちをすると去って行った。
さっきまでの一瞬の穏やかな時間はなんだったんだろう。
「なーにやってんのっ」
「……今、荒井と連絡先交換してた」
「は!?なんのため!」
「わかんない。騙されたのかも」
「絶対騙されてるよ!」
親友の、自分の好きな人の嫌いさを再認識して思わず笑った。
というか本当は、笑いを零すのを我慢できないくらい、
私は機嫌が良かったのだ。
**
荒井とは“友だち”になったけれど、
教室では特に会話がないまま、
勿論特段メッセージのやり取りをすることもなく、
春休みに突入して数日が経過した。
休みの間も普段を同じ時間に起きる習慣のある私。
だけど普段の休日と違うのは、
お父さんもお母さんも仕事に出掛けていて家には私一人。
朝ご飯を食べ終えて、
あんなにたくさんあった課題も結局すんなり早めに終わってしまって、
今日、そして一週間ほどの春休みをどう過ごそうか、と
何気なくメッセージアプリを開いたところだった。
すると驚いたことに、
「今日が誕生日の友だち」の文字の下に
荒井 と漢字二文字。
「(えっ、荒井今日誕生日!?)」
ドキリと心臓が跳ね上がった。
この緊張の理由は
「連絡しようと思えばできる」
という選択肢が私にあるからだ。
気付いたからには、何かしたい。
でも別にそんなに仲良いわけでもないし。
とはいえ一年に一度だし…。
ぐるぐる悩みながら、
文字を打って、
書き換えて、
消して、
一旦スマホ閉じて、
開いて、
文字を打ち直して…。
『今日誕生日なんだね。おめでと〜』
結局、そんな簡素なメッセージを送った。
たったそれだけのことなのに心臓がバクバクした。
返事来るかわかんないしなんなら悪態が返ってくるかもしれない、
などと考えていたら。
シュポン、と。
『おーサンキュー』
返事が、来た。
まず、まだ朝の早い時間なのに返事が来たことに驚いた。
偏見だけど春休み中とかめっちゃ寝坊してそうだと思ったのに。
画面が開いたままだったから私も即既読になってしまっている。
どうしよう、まだ会話を、続けていいのか。
『すぐ返事来ると思ってなかった。思ったより早起きなんだね笑』
『これから部活』
『そっか。さすが強豪テニス部』
『その強豪テニス部のレギュラーだからな俺様は』
『自己主張つよ笑』
返事しづらい返事をしてしまった。
これでやり取りは途切れるか、と思ったら。
『つーかお前は誕生日いつ?』
「!?」
荒井から質問来た!?
っていうか私の誕生日祝う意図があるってこと!?
信じられない気持ちで日付を述べると
『憶えてたら祝ってやるよ』
だって。
マジ?
『そこは憶えておいてよ』
『笑』
そんなやり取りに続いて、
怪訝な顔をしたうさぎのスタンプを私が送ったところで、やり取りは止んだ。
「(…なんか、めっちゃやり取り続いた)」
直接話すより話しやすかったまである。
文字の方が良い奴じゃない?
いや口は悪かったし適当だったけど。
っていうか誕生日聞かれたの何。
「(っていうか荒井今日誕生日!?)」
一画面では収まらないやり取りをスクロールして、
アイコンの写真を拡大する。
誕生日という今日も君は遊びに行くのではなく
部活を頑張るという選択を取っていて、
君が部活を頑張る理由は
この写真にも籠められているのかも知れない。
そう思うと、居ても立ってもいられなくなって――。
もうしばらく出番がないと思っていた制服に袖を通して、
あと数日で切れる定期券をポケットに入れて
階段を駆け下りて玄関を飛び出した。
既に思いの外太陽が高い。
いつの間にか桜が咲いている。
今日は暑いくらい暖かくなりそうだ。
春休みのど真ん中の今日、
課題も部活も何もなかったはずの私が
急に忙しい気持ちで学校へ足を向けている。
もしかしたら、テニスコートの上の君を見たら、
夕日が沈む頃にはこの気持ちの理由もわかってしまっているのかもしれない。
だけど、これ以上緊張して話せなくなるのは嫌だから、
顔を突き合せたら悪口の一つも言ってほしい、
なんて思っている私は毒されているのかもしれない。
「(あんなやつなのに、やっぱり私は荒井が好き。しょうがないよね)」
新学期、同じクラスだったら嬉しいし分かれちゃったら寂しいよ。
なんてことを口にした日には
親友に「ありえない」と言われてしまうんだろうなあなんて
心の中でこっそり笑いながら、
いつもより人の少ない電車の窓の外に流れる桜並木を目で追った。
私は荒井先輩をなんだと思ってるんだ(笑)
だかこんな荒井様が大好きなんだ…
ヤなやつであるほど滾ってしまう笑
性格も素行は悪ぃけど義理堅ぇ荒井将史が見てえんだよな私は。
主人公ちゃん荒井先輩に告ってくんないかな〜そんで
「お前正気か!?やめといた方がいいぞ!!」って一旦フラれてくれ〜笑
だけど主人公ちゃんの真剣な思いが伝わって
結局くっついてなんだかんだうまく行ってくれ〜!!(ジタバタ)
荒井先輩好きだ!おたおめ!!
2024/03/28