* 初恋はもう私の一部になっていた *
――初恋の人の恋人になることを諦めた。
「悪い、お待たせ!」
その人物は手を振りながら改札を小走りで駆け抜けてきた。
「ううん、まだ時間前だよ!」
「本当はもう一本前のに乗って乗って待ってようと思ったんだけどな」
「無理しなくていいって」
そんな和やかな会話があって、ごく自然に手を取られた。
「行こうぜ」
笑顔に私も笑顔で返して、うんと大きく頷いた。
日の当たるテラス席でランチをして、
心地よい気温の新緑の中を通って私たちは今プラネタリウムに向かっている。
何気ない談笑が心地よい。
楽しいな。
人と付き合うって、楽しいことなんだ。
実らない初恋追っかけ続けていた私にはわからないことだった。
もっと早めに諦めていたら良かったのかな。
「…意外だよなー」
と、横の人物はひとり言のように呟いた。
何に対しての言葉かわからず、問いかける。
「何が?」
「、彼氏できるの初めてって言ってただろ」
「う…それが何?」
私のことだったとは。
しかも、褒められてるのか貶されてるのか
意図がわからずつい顔をしかめながら問い返す。
「なんで彼氏できなかったのかなって。ノリいいし顔も可愛い方だし」
「…ねえ素直に可愛いって言えないの」
「え、あっいや、可愛いよ」
「何その取ってつけた言い訳みたいなの!」
ぽこぽこ殴っていたら、その手首を取られて、
「本当に可愛いって」
まっすぐ見つめられながらそう言われて、
不覚にもときめいてしまう私。
…好きだなあ。
初めての両想いの感覚に、
嬉しさと一緒に恥ずかしさとか感謝とか、
色々な感情が混ざり合って胸の奥がむず痒くなった。
「それから今日さ、行きたいとこが選んだじゃん」
「それが?」
「プラネタリウムとか選ぶタイプとは思ってなかった。
もう一つの選択肢、水族館だったっけ」
これは先程の「意外だよな」の続きだと理解した。
そんなに意外?
デートコースの定番だと思うけど。
「どっちかっつーと動物園とか遊園地とか行きたがるタイプに見えてた」
言われて、はっとする。
自分でも忘れていた自分の本音。
本来は私、デートといったらそういうところに憧れていたかもしれない。
友だちとだったらそういうところに行くのが好きだったはず。
でもどこ行きたいと聞かれて咄嗟に出たのがその二つだった。
知らずとそれが私の本音になっていたんだと思う。
(いつから?)
初恋の人が、熱帯魚が好きだと聞いて興味を持った。
天体観測が趣味だと聞いて私もするようになった。
もしかしたら同じ話題で盛り上がれるかななんていう下心や、
いつかはデートで…なんてあわよくばな気持ちもあったかもしれない。
目の前の人物を初恋の人の代わりと認識しては断じていない。
それは自信を持って言える。
けど。
「……オレ地雷踏んだ?」
「えっ、なんで!?」
「急に暗くない?」
「え、いや、気のせいじゃないかなあ!?」
突然声を張り上げるのはわざとらしかったかもしれない。
誤魔化したかったのではなく、
私は落ち込んでもなんでもないですよ、
のアピールのつもりだったんだけど。
ただ、初恋のその人の顔が浮かんでしまったことは認めよう。
(ここ最近、すっかり思い出すこともなくなってたのにな)
余計なこと言うからだよー、なんて
心の中でこっそり不満を漏らしているうちに目的地に着いた。
快晴の屋外と比べると暗がりな館内に入り
更に薄暗い室内に足を踏み入れた。
「てかオレ、プラネタリウムとか小学校の社会科見学以来かも」
「実は私も」
そんなことを小声で話しながらチケットに書かれた座席を探す。
腰掛けると椅子が斜めに傾いた。
そのことに驚いて「おお」と小声で漏らしていると横からさらに大きな「おお!」が聞こえた。
「すっげー!」
その視線の先に私も顔を向ける。
頭上に広がるのは満天の星空。
人工の明かりだとわかりながらも
星の並びは精巧で、
それでいて肉眼では見られないような細やかな星たちまで見えて
現実味がないと思えてしまう。
なんて美しいのだろう。
まだ本編すら始まっていないのに、涙が出た。
こぼれる前にと指で掬ったとき、天面に一つ星が流れた。
まばたきを繰り返していると、まもなく開演しますとアナウンスが聞こえてきた。
**
人の流れに乗って建物から出て、途端に太陽が眩しい。
手で光を遮りながら徐々にその明るさに体を慣らしていく。
「いやー、すっげー良かったわ!」
かたや、陽の光を一身に浴びようとするがごとく大きく伸びをする横の人物。
「ぶっちゃけ眠くならないか心配だったけど普通に楽しかったわ」
「それは良かった」
そんなことを言って、笑い話。
ひとしきり笑ってから、今、この瞬間が本当に楽しくて、
無邪気に笑うこの人が、大好きだと思った。
「私、本当に星が好きだ。お魚も」
私ははっきりと言いきった。
向こうには意味を考える間が一瞬あって、
「別に疑ってねーって」
笑われた。
私がその言葉を発した意図も、真顔の理由も、
きっとわかっていない。
いい。
わからないままで。
「今度は本当の天体観測に行きたいな。あと水族館も」
「よしきた」
星が好き。
魚が好き。
目の前で無邪気に笑うこの人が大好き。
これは初恋を諦めなければ、一生気付けなかったこと。
でもその恋がなければ、きっと私は今ここにいない。
初恋よ、今の私を作ってくれて、ありがとう。
出ました、私の得意の「姿も名前も出ないのに『大石夢』と定義することで
大石の存在を読者に想像させていくスタイル」の作品(笑)
(似てるとこだと『春色のカオリ』とか『夕焼け雲は君との思い出』とか)
大石と結婚したい人生だったけど
大石と結婚は諦めた人生になったけど
もう大石は私の体の一部になっているという話を書きたかったw
2024/04/21-27