* Give me your "GIVE ME!" *
「ごめん、その日は予定空けられそうにないな」
ゴールデンウィークに当たることが多い秀一郎の誕生日。
でも今年は浮島のような平日に組み込まれている。
30日お休み取って会えたりしないよね?と聞いてみたら返事はこれ。
私の会社はその日が有休取得推奨日になっているから
有り難く従って取っちゃおうと思っていたけど
秀一郎はどうにもそう簡単には行かない様子。
だけど会うことを諦めたくない私は食い下がる。
「夜ご飯だけとかでもダメかな」
「んー…」
「無理?」
「そうだなあ、急な残業でのことを待たせるのも悪いし、
最近の兆候として残業になる可能性のほうが高いし…」
ええ、それは心得ておりますわ。
夜21時に設定したお電話の約束にすら間に合わないこともしばしばなんですもの。
というか、と秀一郎は私の思考を遮る。
「どうしてその日にそんなに拘るんだ?」
これは……
カマをかけてるとかではなく本気でわかってなさそう。
「4月30日。秀一郎の誕生日でしょ」
「あ」
マヌケな声ですべてを理解した。
「もう一年経っちゃったのか」とかなんとか言ってる。
わかる。ハタチ越えたあたりからの時の流れの速さは異常。
「の誕生日、もうすぐだよな。その日は空けてあるから」
優しさが痛い。
私は自分より秀一郎の誕生日を優先してお祝いしたいくらいなのに。
祝ってもらえるとわかって喜ぶべきなのに、
秀一郎の誕生日には会えないと釘を刺されたようで
淋しいようなムカつくようなモヤモヤした気持ちだ。
「じゃあさ、夜電話しようよ。少し話せるだけでも嬉しいな」
「ありがとう。のその気持ちだけで嬉しいよ」
そして目安の時間を決めて、もし早くなったり遅くなりそうなら連絡をくれること、
遅くなってるパターンのときは連絡を入れられない可能性もあるからそのときはごめん、
ということを確認した。
まあ、これくらいのことは慣れてる。
当日会えない、のか。
ワンチャン仕事が残業なく終わる可能性にかけて
職場近くまで押しかける…なんてことも考えたけど、
確実に会えるかわからないのに片道2時間以上を掛けていくのは勇気がいる。
仕方がない。
今年の秀一郎の誕生日は、それで我慢することとしよう。
……我慢することにするはずだった。
終日空きの私は、家にいても大してすることないなとお出かけをした。
GW中とはいえ仮にも平日。
空いているお店で買い物をして前から気になっていたカフェにも行って、
レシートに印字されている日付なんかを見る度に
嬉しいようなでもどこか切ない特別な気持ちになって
やっぱり今日会いたかったなあという無念は消せてなくて、
…秀一郎の家の最寄り駅に来てしまった。
「(来ちゃった、ってやつだ。地雷系彼女じゃん)」
現在時刻は18時。
秀一郎と電話の予定は21時。
ここからだったら19時半には出れば約束の時間には家に着く。
約束は守れる程度に待ってみようか。
そう思って、駅の入り口が見えるファーストフードで
窓際のカウンターで軽めの晩ご飯を食べながら時を過ごすことにした。
下り電車がやってくる度に目線を送って
人の波の中に知っている顔が通過しないか観察をした。
…そんなことを約十分おきに行ってかれこれ1時間半。
「(諦める、か)」
スマホに示されたデジタル時計の時間を確認して大きくため息。
四捨五入して19時半くらいだったけどもう20時の方が近くなってきた。
今から急いで帰っても21時は間に合わなさそうだな。
「実はさっきまで…」って言ってやればいいか。
っていうかまだ帰宅してないってことになるけど
秀一郎こそ21時には間に合うのかな。
「(もういっそ、ここで待ってても良くない?)」
くたくたで帰ってきたところを無理をさせることになったら申し訳ないけど
秀一郎はゆっくり休めるように最悪私は床で寝るとかでもいいし。
といってもそんなこと秀一郎は許してくれから
結局シングルベッドに二人で寝て狭い思いするかもだし
うっかりあんなことやそんなことなんてなった日には
睡眠時間も削ってしまうだろうし。
「(私は、自分勝手だ。これは全部自分の欲だ)」
本当に秀一郎のためを思うんだったら
ゆっくり休ませてあげるべきなのかもしれない。
でもどうしても、自分の気持ちに嘘が吐けなかった。
だって誕生日だもん。
どうしても会いたいんだもん。
直接おめでとうって言いたいんだもん。
約束通りなら、21時までには家に帰ってくるはず。
そう信じて窓越しに駅の出口を見続けていたけど、
ついに21時まであと数分という時間になったけど秀一郎は現れなかった。
見逃した?
実は私が来るより先に帰宅してた?
もしくは、連絡入れる暇がないほどまだ職場で忙しくしてる?
「………」
とりあえず、メッセージを送る。
果たして、反応は。
『21時から電話の約束だけど、大丈夫そう?』
まだ仕事してる可能性が高いな、と思っていたので
メッセージを送信して数秒後には既読になり、
10秒程度で返信が来たので驚いた。
『俺はいつでも大丈夫だよ。もう掛けていいかな?』
どうやら早々に帰宅している方みたいだ。
もしかしたらすれ違ってたかもしれないな。
もっと早くにメッセージ送っていれば良かった。
そう考えながら、私の方から通話を繋げた。
「もしもし」
「あ、秀一郎!お疲れ様!仕事早く終わったの?」
「いや、実は……」
実は?
言葉の続きを待っていると、「ん?」と秀一郎から不思議そうな声。
「、今どこに居るんだ?」
それはきっと、私の後ろの喧騒が気になったから。
21時というこの時間帯、
晩ご飯に訪れてそろそろ帰る頃と思われる高校生や
飲み会のあとに二次会としてきてやってきた様子の大学生に
まだ仕事でweb会議をしている様子のサラリーマンにと
店内はかなり賑やかだ。
隠そうか、正直に話そうか、迷って結局。
「実は……ちょっとでも会えないかなと思って秀一郎の家の近くに来ててさ」
「ええっ!?」
驚いた様子の声。
続いて焦った様子の喋り口調。
「えっ、近くって、どこに!?」
「駅前のワック」
「どこの!」
「秀一郎の最寄り駅の…」
私が話している間にもガタン、バサッ、と音が聞こえて
どうやら家を出るために準備をしていると想像できた。
「どうして早く言わないんだ!今すぐ行くから、ちょっと待ってて」
「あ、はーい」
弁解をする暇もなく、通話は切れた。
通話終了と映し出された画面を見つめながら少し考える。
驚いてた。
怒ってた、かな?
喜んでいるという風ではなかったかも。
やっぱり迷惑だっただろうか。
「(顔を見て、お誕生日おめでとうって伝えたら、すぐ帰る。それでもいいから)」
再確認して、私もお店から出る準備。
走ってくればここまで秀一郎の家から5分くらいだ。
少し柔らかくなった紙コップの中身は味のない溶けた氷水だった。
荷物をまとめて、ゴミを捨てて、お店を出た。
当然だけど外はすっかり真っ暗。
入店したときはまだ明るくって
日が延びたなあなんて思っていたのに。
あたりをぐるりと見渡すと、
丁度秀一郎が手を上げて走り込んでくるところだった。
会えた。
「来てるなら、早く、言ってくれれば良かったのに」
上がった息で肩を上下させながら秀一郎はそう言った。
私を心配しているような表情ではあるけれど、
ひとまず怒っているわけではなさそう。
「仕事忙しいみたいだし会えるかもわからなかったから、
会えたらラッキーのつもりで来ちゃった」
「そうだったのか」
「でも、今日はまともな時間に上がれてたみたいだね」
21時の時点ですっかり家で落ち着いているということは、
それほど悲惨な勤務状況ではなかったに違いない、
と予想して私はそう笑って言った。
私の笑いに釣られるように表情を緩めた秀一郎は説明を始める。
「実は昨日の夜急患があってそのまま夜勤に入ってしまったんだ。
帰りが早朝になったから、今日は休みになってさ」
それで帰宅して昼過ぎまで寝てたんだ、と。
秀一郎は少し照れたようにそう言った。
わーそれは大変だったねー、
と脊髄反射で無意識に返しながら
頭では別の思考が働いている。
……ちょっと待って。
逆にいうと、午後は空いてたってこと?
私が淋しさ紛らわすために一人でぶらついてた時間
全部秀一郎と一緒に過ごせてた可能性もあったってこと?
は?
「言ってよ!!」
「ごめん、一度断っちゃったし、
にも予定があると思ったから…。
当日の急な連絡じゃあ申し訳ないなって」
申し訳ないって。
申し訳ないって。
なんですぐ謝るの。
私が欲しいのはそんな言葉じゃない。
受け取りたいのはそんな感情じゃないのに。
どうして秀一郎は、いつもそうなの。
「じゃあ今度はそのうち、こんな状態申し訳ないから別れるとか言い出すの」
「……?」
地面に向かって喋ってるみたいに、垂直に俯いて喋る私。
顔は見られていないけれど、声が震えてるせいで泣きそうなのはバレたと思う。
っていうか泣いてる。
開き直って顔を上げた。
「ごめん、悪い、申し訳ないって…秀一郎いつもそればっかじゃん!
私だってちょっとした我慢くらいできるよ!」
張り上げた声が震える。
胸が締め付けられるみたいで息が苦しい。
きっと、会えないっていう事実だけだったらこんな気持ちにはなってなくて。
「……秀一郎は、会いたいって思ってくれてないの?」
そう、感情を紐解いていったらすべてはここに帰着する。
デートの日、行きたい場所を伝えるとプランは秀一郎が立ててくれることが多い。
だけど、会いたい日の提案とか、
お泊まりできるのできないの?とか、
電話で話せる日はないかなとか、
遡れば私たちが付き合い出すきっかけだって。
全部私からじゃん。
私が言い出さなかったらこの関係は生まれてないし、
私たちはこれまでに何回会って、どこまで関係を進められていただろう。
『恋人同士』って肩書きだけ手に入れて安心して、
本当は何も、片想いの頃から変わってないんじゃないの?
「私ばっかり秀一郎が好きみたい」
苦しすぎて口にしてしまってから後悔をする。
そうなるのはわかっていたからこれまで何度も飲み込んだ言葉。
「みたい」とかじゃないよ。
きっとそれが真実だよ。
どんだけ会えなくて淋しくっても、
秀一郎も同じ気持ちなんだって思えたらこんなに辛くはならなかった。
お互い頑張ろうねって励まし合って、
次が楽しみだねって同じ温度感で思えていたら
今こんな本人の目の前で大泣きしてしまうほど追い詰めていやしない。
秀一郎は唖然としている。
バカみたいだ、私。
こんなこと言ったって、秀一郎は優しいから。
「そんなことないよ」「俺も好きだよ」なんて言うってわかってるのに。
でもそれは秀一郎の本心じゃなくて
私を慰めるための言葉に決まってる。
全然これまでアクションを起こしてくれていなくて
言い訳がましいったらありゃしないのに。
『ごめんね。無理して付き合い続けなくていいよ』
喉まで出かかって、さすがに飲み込む。
これを口にしてしまったら本当に後悔をする。
だってそんなこと言ったら本当に別れることになっちゃう。
別れたくないよ。好きだよ。
「ごめんね。私ばっかりこんなに好きで、ごめんね。
でも好きなの。会いたいの。もっと一緒に居たいの」
一方的に押し付けられる恋愛感情ほど厄介なものはない。わかってる。
困らせてしまって申し訳ない。
だけど私は秀一郎と違うから、申し訳ないって思いながら押し付けちゃう。
一番幸せでいて欲しい人なのに
私が秀一郎を苦しめてる気がしてしまって、苦しい。
だけど私は秀一郎のことが好き。
どうしたらいいの。
涙が止まらなくて顔を覆う。
秀一郎からは言葉は来ない。
どれだけ困らせているのか。
さっきは言葉を飲み込んだけど
結局今ここでフラれてしまうかもしれない。
そう考えて尚更涙が溢れてきて
いよいよ嗚咽し始めてしまう私
の体にぎゅっと力が加わった。
「逆だよ」
……え?
えっ、え???
「気持ちが強くなるほど、伝え方が難しくなって…
言葉足らずでを不安にさせてごめん」
予想していなかった言葉たちに、
瞳孔ガン開きで瞬きを繰り返すしかない私。
そんな私の頬に手が添えられて、
キスされる、のかと思うくらいに顔が近付けられて。
「好きだ。好きだよ、。
こんな言葉だけでは足りないくらいに」
全身に強く強く力が加わって、
背中が、胸が、首に掛かる吐息が熱い。
抱き返すこともできず呆然としているうちに体は離されて、
だけど両肩はしっかり掴まったままで、
真っ直ぐ見つめてくるくる視線にも捉えられたまま。
「本当に愛してる」
顔が燃えさかるくらい熱くなって
思わず再び顔を覆った。
「待って限界!」
「これでも伝えきれてないよ」
「私がもうムリ!!!」
両頬に手を添えて首をぶんぶん横に振る私。
その両腕が掴まれた。
逃げられない。
「生まれてきてくれてありがとう」
そんな言葉が真正面から飛んできた。
秀一郎の目線には嘘も虚勢も一つもありそうになくて、
ほんのわずかに照れだけが滲んでいた。
「それはこっちのセリフだよ」
目の端には涙を携えたまま、私は笑って言い返す。
「生まれてきてくれてありがとう、秀一郎。お誕生日おめでとう」
また今日の日付の意味を忘れていたらしい秀一郎から
「ああ」と漏れ聞こえてきて、
私はため息一つ「そんなところも、好きだよ」と伝えた。
仕方がないのだ。
きっとこの人が好きである以上、
また同じようなことで淋しくなったり辛くなったりする。
だったらまた伝えてもらうしかないし
私も伝え続けるしかない。
これが惚れた弱みというやつかだろうか。
「もう遅いし、駅まで送っていくよ」。
腕時計を確認した秀一郎はそう言って私の背中に手を回した。
今から私の家に向かったら日付変わるくらいになる。
秀一郎は明日たぶん朝から仕事なわけだけど。
「私、明日休みなんだ」
「そうなのか」
「………」
「………」
じゃあ今日、泊まっていくか?
その一言を待って、じっと目線を送る。
言ってくれないなら、
泊まっていっていい?って聞くしかないかと
準備のために一つ深呼吸をした私に。
「じゃあ今日、帰さなくていいってことか?」
手がぎゅっと握られて、
目線は斜め上から突き刺してきて、
私は声を出せずに大きく首を振る。
ただの優しさかもしれない。
でも嬉しくなっちゃう。仕方ないよね。
私はそんなアナタが大好きなんだから。
ごめんね秀一郎。
これからもたくさん迷惑かけるよ。
それくらい大好きだよ。
腕を引かれるがままに
エレベーターに乗り込んで
玄関の扉を後ろでで閉めた途端に
全身で伝えられる溢れんばかりの愛を、
駅方向に背を向けたばかりの私はこれから知ることになる。
大石は公共の場ではチューはしない(こだわり)
はい、今年の大石誕生日記念夢ということで書かせてもらいました!
大石って優しいんだけど優しすぎて本心わからないときあるよねって話。
思ってても我慢して言わなかったり、
思ってなくても相手を思いやって敢えて言ったり、
そんなところからすれ違うけど結局ラブラブハピハピなカップル書かせてもらいました。
タイトル、日本語版にするなら『「チョーダイ!」を頂戴』てなとこでしょうか。
大石はもっと自分を大切にするべきだと思う。
自己犠牲の精神は他者への思いやりゆえってのもわかるんだけど
大石のことを大切に思ってる人に対して不誠実だと思うんだよね。
って菊丸英二も言ってた(←)
大石、一生幸せに生きてくれ。
お誕生日おめでとう。
2024/04/27-30