* 大稲結婚編〜中編〜(仮) *












大石とが別れた。


二人が出会ったのは11年前。
二人が出会う瞬間にオレは居合わせた。
オレが引き合わせたと言ってもいい。

俺はそのまた1年前からに片想いしてたわけだけど、
実は二人が出会ったときにははもう大石のことが好きだったらしいし、
その後大石がに惹かれていくのは目に見えるようだった。
そして二人はまもなく付き合った。

そこから11年間、一番近い位置で二人の関係を見守ってきた。


「(11年間付き合ってきた相手と別れるって、どんな感じ?)」


俺も今まで何人か女の子と付き合ってきたけど、一番長くて3年とか。
そのときも相当ヘコんでしばらく引きずったけど、
それが、11年だよ?3倍以上???


「(大石相手に啖呵切っちゃった。でもシラネ。大石が悪いんだからな)」


当分大石には会えない。会いたくない。
そう思いながら、大石の元カノとなったその人物に連絡を入れた。




  **




待ち合わせ時刻まであと5分。
その瞬間が訪れるのをスマホをいじりながら待つ。

、相当落ち込んでるだろな。
会うなり泣きわめくかも。
八つ当たりされるかも?
おかしくなっちゃってて逆に笑ってたらどうしよう。

そんなことを考えているうちに、遠くにを見つけた。
その姿が少しずつ大きくなってくる。
そして、声が届くくらいの距離まで来た。

、やっほー………!」

表情が見えて、ぎょっとした。

待ち合わせ場所で、が笑顔じゃなかったことなんて今まで一度もなかった。
というか、喋ってて笑顔ばっかりを見てきた。

なのに今日、とぼとぼと近付いてきたは、
顔を合わせるなりボロボロと大粒の涙を流し始めた。
口を一瞬開いたけど、下唇を噛みしめると目もぎゅっとつぶって
涙がポタポタと地面に落ちていった。

「と、とりあえずお店入ろ!飲みながら色々聞くからさ」

背中を支えて行き慣れた居酒屋に誘導した。
は何度も目元を拭っていて、足元だけを見て歩いているみたいだった。
言葉は一言も発しない。

「(エイジ〜!って、泣きつかれる確率高いかなって思ってたのに)」

こんなは初めて見た。
にとって、大石と別れるっていうのがどういうことか、
わかってたつもりでどんな様子で現れるか覚悟はしてたけど
実際に目の当たりにしたら動揺してしまった。



とも何回も来たことのある店だ。
さすがに二人で来るのは初めてだけど、
大石と一緒のときもあったし、他の青学のやつらとかと来慣れてて
がいつも何を頼みたがるかもだいたいわかってる、はずなのに。

「ウーロン茶」
「…それから?」
「……それだけでいい」

オレが広げてみせたメニューにまともに視線もくれずにはそう言った。
お酒を頼まないだけでもからしたら異常事態なのに、
食べ物も選びたくないの?

「じゃあオレ適当に頼むから、好きなの食べて」

そうは言ったけど、に好き嫌いがないことはよーく知ってる。
ゲテモノだって、みんながイマイチだねって言うものだって、
はいつも嬉しそうに「おいしいね」ってパクパク食べてた。
オレはのそんなとこも好きだった。

届いた飲み物のグラスを持って、
「乾杯」と発声したのはオレだけだった。
ジョッキはコンと鈍い音を鳴らした。
ウーロン茶を一口飲んだはそのまま俯いて、何も喋りだそうとしなかった。

いつも包み隠さず感情を表現する
だけどここまで落ち込んだ素振りを見せつけられるのは初めてだった。
これは元気の無さを全身で表現しているのだろう、
そう思っていたのに…はぽつりと
「ごめんね英二、元気出せないや」と言った。
その声は小さく、少し震えていた。

「(元気、出さないんじゃなくて出せないんだ)」

そうわかってしまってオレも苦しくなった。
どうしたらを元気づけることができるだろう。

「無理しないで大丈夫だよ!ほら、あったかいもの食べて元気出そ!」

店員さんが丁度運んできてくれただし巻き卵をの方に差し出した。
でもは俯いたまま首を横に振った。

「イラナイ」
「お腹減ってない?」
「……ウン」
「そっか。なんか食べてきた?」

はあやふやに首を傾げた。

おかしい。
はいつも歯切れよく喋るタイプだ。
なんだか、嫌な予感。

、最後に何食べた?」
「…さあ」
!」
「お腹減らないもん。てか気持ち悪い」
「……」

話している間にも、料理のお皿たちばかりが机に増えていく。

と大石が別れたのは、一週間くらい前だ。
もし、そのときからほとんど何も食べてないとしたら…?

「お願い、なんでもいいから食べて…」
「無理。吐く。」
「ほら、デザートでもいいよ!甘いの好きだったよね?」

メニューを広げて差し出したけど、受け取ってくれない。
は俯いたまま首を横に振った。
目元は見えなかったけど、滴がこぼれるのが見えた。

は、太っちゃいないけど、ガリガリに痩せたタイプでもない。
まさに「健康体」を絵に描いたみたいな存在。
女の子だけどちょっと筋肉質、夏になると肌は小麦色に焼けて、
周りまで釣られたくなるような明るい笑顔で大きく口を開けて笑う。

そんなが、ここにはいない。
顔色が悪いし、力がない笑顔はどうみたって作り笑い。
腕はポキっと折れそうだ。

大石のせいでが死んじゃう。

、死なないで…」
「大袈裟だな、死にはしないよ」
「死んじゃうよ!!」

オレまで泣きそうだ。

大石、わかってる?自分が何したか。
どうせ大石だって今頃悩んでるんじゃないの。
オレが大石に変なこと言わなかったらこうなってないのかな。

見てらんない。しんどい。

「……エージ」
「ヤバイ。つらい」

今度はオレが俯いていて、に声を掛けられる側になった。

どうしたらいいかわからないよ。
オレにはに何をしてあげられるの?

『ガチャ』
「?」

音に反応して顔を上げると、は箸を掴んでいた。
お皿から玉子焼きを一切れ掴んで口に運んで、
もぐ、もぐ、もぐと何回も噛んで、
しかめ面でごくんと飲みこんで、
「食べた」と
笑ってみせた。

この笑顔は、オレのためだ。
自分のほうが辛いのに、オレに心配掛けないために。

健気すぎて、
胸の奥が苦しくって仕方がない。

は口元に手を持ってきて、眉をしかめて少し俯いた。

「大丈夫?気持ち悪くない?」
「ちょっとだけ……でも大丈夫。
 しばらくなんも食べてなかったから胃がびっくりしてるのかも」
「…無理しないでね」
「ありがとう英二」

力無げには笑った。
オレが見たいのは、こんな笑顔じゃない、のに。

は箸を置いて、両手を下ろした。

「たぶん私、食べられないほど辛かったわけじゃないんだ、ホントは。
 食べないことで、『こんなに君のことが好きなんだよ』って証明しようとしてただけ」

がっくりと、首をうな垂れた。

「バカだよね…こんなのなんの意味もないのに」

確かに意味はないかもしれない。
だけど、何よりも食べることが大好きだったから
食べようという気を失わせるくらい、
大石との別れは大きな意味があったってことだ。

もうダメだ。
我慢できないよ、オレ。
ごめんね
ごめん……大石。

に言いたいことあってさ」

よし言うぞ、と思って意気込んで切り出したのに、
顔を上げたがべしゃべしゃの泣き顔で、
かわいそすぎて「え、今言っていいの!?」って戸惑ってしまった。

「あの、えっと、その…」
「え……何?」

思わずしどろもどろになったオレに対して、は超しかめっ面。
疑いの目線をぶつけてくる。

「いや、そんな悪い話じゃない…と、思うんだけど…あでもどうだろ……」
「……シュウのこと?」
「あ、違う違う!」

言うぞと思って意気込んだのに一旦遮られちゃったから再び切り出しづらい。
が不安そうにオレの顔を見つめてくる。

違う。そうじゃない。
オレ今から話そうとしているのは、オレ、と、のことだよ。

めちゃくちゃ言いづらい。
けど、意を決した。

「ずっと黙ってたけど、オレ、中2のときからずっとのことが好きなんだ!」

………言った。

怖くて顔が見られなかった。
おそるおそるの顔を見ると、こっちを見返してきてはいた。
完全に固まってるけど。

………シーン。

え、なんか言ってよ。
なんか。

…………。


「え、ええええええええーー!?!?」
、声デカすぎ!」


ゆうに10秒くらいの間があってから、はデッカイ声を出した。
そして辺りをきょろきょろ見回して手をあたふた動かしている。
さっきまでのしょんぼりした様子はどこへやら、
ある意味それはいつものらしい姿だった。

「だって英二、そんな素振り一度も…!」
「えーでもずっと仲良しだったじゃん」
「そうだけど、私とシュウのことだって、応援してくれてたし…」
「オレだって両想いの親友カップル引き裂くほど鬼じゃないよ」
「でもでも、今まで何人も彼女できてたじゃん!」
「そうなんだけどさ!その子たちもみんな大好きだったけど…」

これは、本当のことだ。
誰にも言ったことがなかった。大石にも。

「いつも、別れるとのこと思い出してた。
 結局より好きになれる子は一人も現れなかったよ」

の目をまっすぐ見ていった。
向こうもまっすぐ見返してきていた。

「…マジ?」
「大マジ」

オレは大きく頷いてやった。
が口をぽかんと開けたまま瞬きを繰り返しているのを横目にパクパクと料理を食べ進める。

「だけどにはいつ連絡しても大石とラブラブだったからさ」
「う……だよね」
「うん。だから、オレも諦めてたんだけどさ」

そう、ずっと諦めてたんだ。
この11年間、ずっと。

「初めてチャンス来ちゃったなって」

目を見てそう伝えると、
は肩を竦めて小さくなった。

「…よいしょ」
「!」

壁際のシート席に座るの隣に移動した。
肩が触れるくらいの距離に。
って、動作が大きいしなんとなく存在感があるけど
近くで見ると小さい。
可愛い。

何も言わずにぱちぱちとまばたきしながら見上げてくる。
オレも何も言わずに背中に手を回した。
小さく震えたけど振り払われることはなかった。
腰に手を添えて、軽く引き寄せた。

コテンとはオレの胸に転がり込んできた。
思ったより抵抗されなかったな…と
そっと顔を覗き込むと、見えたのはボロ泣きする

「わっ、ごめん!イヤだったよね!」

焦って体を離した。

何やってんだオレ。
は、きっとまだ大石と別れた傷が癒えてないのに。

「ホントごめ……」
「違う、違うの」

オレは体を仰け反らせていたのに、
は胸元にしがみついてくるようにして
顔を伏せたまま首を横に振った。

「今……嬉しいって思ってしまった私がいて」
「…………」
「それが、悲しい」
「……」
「ごめん……」

元々俯いていたの首が更にがっくりとうなだれた。

の言いたいことは、痛いくらいわかった。
本当は、嬉しいなんて思いたくなかったんだろう。
それは大石を忘れることに繋がっているから。

だけど嬉しいって思ってくれたんだ。
オレにも可能性、ないわけじゃない。

ポンポン、との背中を叩いた。

「オレ、この前大石と話したって言ったじゃん」
「うん」
「残念だけど、大石マジっぽかったし……たぶん復縁はできないよ」
「…………うん」

本当に?
実は、オレとか周りが説得したり、時間が経ったり、
可能性はゼロってわけじゃなかったんじゃない?
オレがそのわずかな可能性を潰そうとしてない?

でも、許してよ。
大石が悪いんだからな。
お前がを幸せにできないんだったら、
オレがを幸せにしてやる。

、時間掛けてもいいからさ」

これは、オレの人生を掛けた覚悟だ。

「真剣に考えてみて、オレと付き合うこと」

は何も言わなかった。
首を縦に振らなかったし、横に振りもしなかった。

「そんじゃとりあえず今は食べたり飲んだりしよー。
 あ、無理することはないからね!」

そう言ってオレも泡の消えきったビールをぐいっと飲み干した。


そこからは何話したっけ。
あんまよく憶えてないや。
別にお酒のせいとかそんなんじゃなくて、
そんくらい頭カラッポで話せたってこと。

オレの話に少しずつは笑顔を見せるようになっていって、
オレもに笑かしてもらって、
いつのまにか二人で爆笑してた。

ラフトオーダーまでに結局何回おかわりしたっけ。
は最後に特製ティラミスを嬉しそうな顔して食べた。


「あー飲んだ飲んだ!」

お店出て大きく伸び。

楽しかったな。
が笑ってくれて、良かったな。

100%元気になるには時間がかかるかもしれないけど、
にはいつも笑っていてほしいな。
そのうち大石のことも笑って話せるようになるのかな。
そのときオレが横に居られたら、いいなあ。

「……」
「英二」
「ん、何?」

無意識に地面の一点を見つめてたことに気付いて焦って顔を上げての方を振り返った。
は微笑んでいて、
気をつけしていた腰を曲げて
「よろしくお願いします」
と言った。

「え、何が?」
「……」
「……」
「……だから」
「え…ええ〜〜!?!?」

が言い切るより先に意味を理解して思わず大きな叫び声を上げてしまった。

だって、それって、
そーゆー意味でいいんだよね!?

「本当に!?ホントウのホントウに!?」
「なに、ヤなの!」
「ヤなわけないじゃん!!」

その場でぎゅっと抱きしめた。
いつもみたいに勢いで抱きついた、とかじゃない。
イヤじゃないかなと不安に思うオレの心配を他所に
オレの腰にも遠慮がちに腕が回されてきて、
ホントウにホントウなんだって理解した。

一生そのままで居られそうなくらい幸せだった。
その存在と感触を確かめるように
更にぎゅっっっと力を込めた。

「英二、苦しいよ」
「あ、ごめん!」

焦って腕を解くと、顔を覗かせたは、笑ってた。

「なんか気恥ずかしいね、アハハッ」

の笑顔は、太陽みたいだ。
やっぱりオレはの笑顔が好きだ。
笑顔のが好きだ。
改めてそう思って、オレも釣られるみたいに笑った。
























拙者、大×稲←菊が大好きにて候!!!(ドデカ声)

大稲書いてる上で菊が稲を好きなのはミソなので…
大と稲がラブラブであるほど際だってしまう菊の切ない恋心なので…

続編のセリフから引用すると
> 中学の頃から私と英二が付き合ってた世界線もありえたのかな
っていうことなんですよ。
大人になってようやくその世界線に追いつく二人が居たっていい。

私が大石が好きなんだけど英二も大好きなんだよ…
だけどやっぱり大石が好きなんだよね、あーあ。
(↑に至る途中、という作品ですこれはw)


2021/01/04-2024/05/16