* せめて一番近くでその道程を見届けたい *












、私、今の彼氏と結婚すると思う」

私の報告には一瞬硬直して、
直後にいつもの笑顔で「なんで?」と無邪気に聞いてきた。
私は、自分の中でも「なんとなく」思ったことを
言語化しようと感情と思考を繋げる作業を開始する。

「さっき秀一郎に彼氏できたこと報告しに行ってきたんだけどさ、
 初めて複雑そうな顔してた」

今まで笑って「おめでとう」しか言ったことなかったのに。
「今度は長く続くといいな」
「何それ嫌味?」
「いやそんなつもりはなくて!」
そんなやり取りは何回してきただろう。

いつもと変わらず「おめでとう」と発した秀一郎は
口で笑っていながらも、見るからに淋しそうな目をしていた。

「その表情見た瞬間に、『あ、私今の彼氏と結婚するんだ』って」
「いやいや、普通それは本人を前にして浮かぶべき台詞でしょ!」
「普通はそうなのかもね」

普通って、なんだろう。
だけど現に私は、秀一郎を、
20数年来の幼馴染みを前にして、
付き合って数か月の彼氏との結婚を意識した、のだ。

もついに結婚か〜」
「決定したわけじゃないからね!」
「でも私もなんかそんな気がするし、そうなったら素敵だなって思うよ」

の言葉にはいつも他意はない。
の言葉を聞きながら、私も彼氏との結婚が更に現実味を増してきた気がした。

一方、今度は笑顔を曇らせる

「大丈夫なの」
「何が」
「秀一郎くんが」
「は?」
に彼氏が出来たこと淋しがってんでしょ」
「そういうんじゃないよ」
「じゃあなんなのその複雑な表情ってのは」
「どっちかっていうと娘を嫁に出す父的な心境でしょ」
「父ねえ…」

とんとん、と顎に指を当てながら天井を見上げる
その視線を下ろしてきて、こっちを見てきて。

「どうして二人は付き合わないの?」

………。
……は?

「付き合うー!?私と秀一郎が!?!?」
「そーそー」
「ないない!」
「あるある」
「ないって!」
「なんで」
「いや…彼氏と別れる気ないし」
「それはそうか」
「うん」
「でも今までも選択肢には浮かばなかったの?」
「まあ…小さい頃から一緒に居てお互いの悪いところも知っちゃってるし…
 好みのタイプに自分が一致してないのわかってるし…
 なんならお互いの恋愛相談とかにも乗ってきてるくらいだし」
「そっかあ」

ぶっちゃけ……ぶっちゃけね?
秀一郎と付き合ったらどうなるだろうと想像したことがないとは言わないよ?
でもそれはあくまで時間つぶしの空想みたいなもので、
本当に付き合いたいと思ったようなことは、これまで一度も。

「それに…」
「それに?」
「仮に付き合って別れて元カノになんかなっちゃったらさ」

おや、と首を傾げながらが覗き込んでくるのが
俯いた視線の上の方の端で見える。

「結婚式呼んでもらえなくなる」

、大爆笑。
は!?

「な、何笑ってんの…私真剣なんだけど」
「だっておかしすぎるでしょ」

何がおかしいのかわからず眉をしかめ続ける私。
笑いが落ち着いてきたは目の端に浮かんだ涙を指で掬って、

と秀一郎くんが結婚すれば良いんでしょ」

私と、秀一郎。
が、結婚。
…結婚!?

「その発想はなかった顔してるけど」
「だってなかったもんそんな発想!
 てか違う私は今の彼氏にゾッコンLOVEだから!!」
「はいはい」

そんなところで秀一郎の話題は終了して、
私は最近一緒に行った旅行が楽しかった話をして、
からも「今気になってる人が3人いて〜」なんて話を聞いて、
ランチ会はお開きになった。




  **




次の予定に向かうを見送って、少し買い物をしてから
夕ご飯の時間に間に合うように帰路に就いた。
あと少しで家に着く、というところで「」と聞き慣れた声が。

「(なんか今日は会いたくなかったな…)」
「な、なんだ」
「ごめんなんでもない。秀一郎も今帰り?」
「ああ。さっきまで図書館に行ってて」

思わずいぶかしげな顔をしてしまった表情を笑顔に直して問うと、
秀一郎はずっしりと書物が入ったように見えるトートバッグを掲げた。
相変わらず勉強家だな。

秀一郎とデートするとなったら…何するんだろ。
それこそ図書館デートとかしそうじゃない?
遊園地ではっちゃけるとかなさそう。
っていうか勉強が理由でデート断られたりしそう。ありえるー。

………。

「ねえ私たち、幼馴染じゃなければ付き合ってたかな」

ぽつりと、ひとり言のように疑問を漏らす。
秀一郎は「何を言い出すんだ!?」なんて顔を赤くするのでは、
と想像したけど予想に反してクールな装い。

「ないんじゃないかな」

わずかに眉尻を下げて秀一郎はそう言った。
着目していなければ気づかないくらい、わずかに。

には今の彼氏さん、お似合いみたいだし」
「なんでわかるの、会ったこともないのに」
の顔見てたらわかるよ」

その目線はあまりにあまりに優しくて、
ほんのちょびっと淋しそうで。

さっきは父から見た娘だとか言ったけど、
言い得て妙なのかもしれない。
私は秀一郎の所有物ではないし、逆も然りなんだけど、
大切であることは間違いなくて。
もし秀一郎が結婚するとかなったら
私も立派に育って家を出ていく息子を送り出す
母の心境になってしまうかもしれない。
なんて、父にも母にもなったことのない私たちだけれど。

ああ。
複雑な表情の意味がわかった気がするよ。

「秀一郎……結婚式には絶対呼んでね」
「えっ!?け、ケッコンシキ!?それは俺のセリフだろ!」

俺は今付き合っている相手もいないんだぞって
秀一郎は顔を真っ赤にして焦るように言った。
慌てふためく秀一郎の肩を叩いて私は笑った。

ああ。
いつか秀一郎にも
「お似合いだな」って相手が現れるのだろう。
そうしたら私もとびきりの「おめでとう」を贈ってあげよう。

その時を想像したら、
淋しくもなってしまうかもしれないけれど、
とてもとても、幸せだろうと思った。


せめて一番近くでその道程を見届けたい、なんて、
貴方の一番になれなかった私からの、
私の一番にならなかった貴方に対するワガママ。
























はい惚気あとがき。
私が婚約相手と「この人と結婚するだろうな」と思ったタイミングで
心の中のイマジナリー大石に報告したら
ちょっと淋しそうにしてたので着想を得た作品でした。
(心にイマジナリー大石を飼ってて対話してるという事実をさりげなく暴露)

以上、今後一生の中で「婚約相手」という言葉を使える期間は
もう長くないであろうからなんとか使いたかったあとがき。笑。

大石、一生幸せでいてくれ…。


2023/12/12-2024/06/15