私もこんなことで悩む立場になったのだなぁと感慨深い。
そのお悩みというのは「元カレを結婚式に呼ぶか」。
元カレ、という響きだけだと修羅場感があるけど
今では至って健全な関係だ。
その人を含む複数名では今も頻繁に会っていて、
逆にその人だけを呼ばないのも不自然というか。
とはいえ特別な感情が全くないかと聞かれるとそんなこともなく、
それが私が頭を悩ませている理由。
だってね、私は君を、本当に本当に、それこそ結婚したいほど好きだったんだから。
* ありがとう、そしてバイバイ *
「」と、呼ぶ声が好きだった。
待ち合わせ場所に向かうと100%先に居て、
時間丁度に到着してくる私に気付いて
手を上げながら呼んでくる、
その瞬間が何よりも大好きだった。
「お待たせ〜。今日もだいぶ待ったんでしょ?」
「俺が好きでやってることだから。それにほら、読みたかった本がここまで」
秀一郎は文庫本の指を挟んでいる部分を見せつけてきて、
微笑みながらしおりを差し込んで完全に本を閉じた。
このやり取りも何回目だろう。
「それならいいけど。ってかその本、今国語の授業でやってるやつじゃん!」
「教科書の抜粋を読んでいたら全文が気になってしまって…」
秀才っていうか、勤勉だなぁと感心して、
なんだか遠い人のように感じていると「行こうか」と
微笑んで手を差し出してくる。
その手をゆっくりと掴んで、温かいなって思いながら肩を並べて歩き出す。
私たちのデートの始まりはいつもそんな感じ。
プラネタリウム。
水族館。
少し背伸びして大人なデート。
あとは人並みにお散歩したり、
ファミレスでランチを食べたり。
他のみんなはどこで何してるんだろって聞いたら
ゲーセンとかカラオケとか?
そういうところに行くのは少なかったかなぁ。
「今日もありがとう」
「こちらこそありがとう」
家の前まで送ってもらって、
その一言を交わしてバイバイをする。
手を振る代わりにキスをするようになったのは
付き合い始めてから半年くらいからのことだった。
幸せだった。
二人で一緒に居るといつだって楽しかった。
そう、もし世界に私たちが二人きりだったら、
私たちはずっと仲良く付き合い続けていたのだろう。
**
「別れたい…?」
ある日真剣な表情をして伝えられた言葉の意味を、
始めは理解することができなかった。
何か悪い冗談だと思った。
仲が良く楽しく幸せな関係からは
予想だにできない言葉だったから。
「ウソでしょ!?」
「本当だよ」
「どうして!」
意味がわからないし納得もできない。
涙ながらに噛みつく私に対し、秀一郎は頭を抱えた。
「俺のせいだよ。俺が悪いんだ」
苦しそうな表情を見て、私も苦しくなった。
その苦しさを取り除いて支えてあげたいと思った、のに。
「が他の男と話しているのを見ると、
息が詰まりそうなほど辛いんだ」
取り除くどころじゃない。
私が原因だった。
私たちは、テニス部の選手とマネージャーという関係だ。
二人きりで会うとき以外、
基本的に私は男の子たちに囲まれていることになる。
その間、ずっと嫌な思いをしていたってこと?
「ごめん、そんな風に思ってたなんて気付けなくて。
これからは控えるようにするから…」
「無理だろ。他の男と誰とも喋らないなんて」
「でも……秀一郎が嫌だっていうならマネージャーもやめたっていいし」
「ダメだよ」
秀一郎の表情は少しも晴れない。
眉間の間の皺は深まる一方だ。
「俺は、の、いつでも笑顔で
誰とでも仲良くなれるようなところを好きになったんだ。
そのの良さを俺が奪うわけにはいかない」
秀一郎は頭を下げて、その顔すら見られなくなった。
「本当にごめん。別れてくれ」
涙が止まらなかった。
泣き叫んで、叩いたと思うし蹴った気もする。
秀一郎なんて嫌いだって罵倒した覚えがある。
嘘だよ。
大好きだよ。
でもその大好きな人を私が苦しめていたんだね。
お互いのことが大好きだけど、
大好きだからこそ
私たちは別れる決断をした。
振り返ってみれば一年半もないような短い期間だった。
だけど、初めてだったからか、若かったからか、
それともそれだけ密度が濃かったのか、
その後色々な人と付き合って
中にはもっと長い期間続いた人もいたけど、
どうしても秀一郎との日々が最も長く特別だったように
10年以上経った今も感じてしまう。
気まずいながらに顔を合わせ続けた日々も終わり、
別の学校に通うようになって顔を見ることもなくなって、
だけど「久しぶりに青学テニス部で集まろう!」と
英二からの呼びかけがあって、再会してしまった。
居たらどんな顔をしたらいいかわからないと思いつつも
心の中でどこか期待している私もいたような気がする。
その証拠に、以前とは変わった姿で目が合ったとき、
私たちはお互い心からの笑顔だったし、
二人ともほんのり涙ぐんでいた。
久しぶり。
これからもまたよろしく。
「元恋人」であり「友達」としての関係が始まった。
みんなと一緒であれば、楽しく話せる関係になった。
前の逆みたいで、皮肉だね。
会う頻度も増えて、わだかまりはどんどん減っていった。
さすがに二人きりで会うとかはないけれど。
と思っていた矢先のことだった。
また5人で集まって飲む予定だったのが、
一人ドタキャンがあり4人で飲み始め、
不二は事前に言ってた通り早めに帰り、
英二は電話が掛かってくるなり
急遽帰らねばならなくなったと
適当なお金を置いてドタバタと去っていった。
6人卓に取り残された秀一郎と私。
引き戸がダンと閉められて忙しない足音が遠ざかっていくと
個室の中には沈黙が訪れた。
「えーっと…うちらも帰る?」
「そうだな、今日はこれくらいにしておこう」
「とりあえず…これを飲みきるまで」
「そうだな。食べ物もなるべく食べてしまおう」
私は日本酒が並々入った枡からグラスを持ち上げ、
秀一郎は料理の乗ったお皿たちを見回した。
もったいないお化け発動してしまったけども。
さあどうか。
二人でも気まずくなく過ごせるのか。
…そんな考えは杞憂に終わった。
「だから俺は、こう言ってやったんだ……
『お前の考えは否定しない。だけど本当に責任を取れるのか』…と」
「マジメかー!」
「俺はいつでも真面目だ!それより続きを聞いてくれ!」
「聞くけどもさ」
秀一郎は得意げに語り続ける。
私はギャハギャハ大爆笑。
お酒の効果もあってか、
それともこれまで積み重ねてきた時間のおかげか、
私たちは違和感なく、
どころか心の底から楽しい時間を過ごせてしまっていた。
「あーおもろ。ねぇ、もう一杯だけ頼んでいい」
「じゃあ俺も頼もうかな」
「だったらおつまみも追加しちゃお」
結局、1時間と少しで解散しそうになっていた会は
大半がサシ飲みとなり、
気付けば合計で3時間以上滞在する結果となった。
「あー楽しかった!」
「そうだな。それに、料理もどれもおいしかったよ」
「ほんとそれ、他にも気になるメニュー色々あったー。また来よ!」
なんのわだかまりもなくそんなことを話してたのに、
肯定の言葉の代わりに「ははっ」と柔らかく笑うその姿を見て、
あ、今秀一郎と二人だ、
と急に酔いが醒めた感覚がした。
「……いやもちろんみんなでって意味だよ」
「わかってるさ」
そんな、予定調和みたいなやり取りを交わした、けど、
想像よりもはるかに楽しい時間が過ごせてしまったからだろうか。
「また二人でも、会えないかな」
つい、心の声が漏れた。
お酒が入ってなければ喉の奥で留められたかもしれない。
だけど口から出てしまった。
秀一郎は驚いたように目を見開いて、
ふっと目を細めて眉尻を下げて、
目元はそのままに、口だけを笑顔にした。
「無理だよ」
あーあ。
またフラれちゃった。
「ですよねー!!変なこと言ってごめーん!」
ズキリとした胸を自分にすら隠して
思いっきり笑い飛ばしてやろうと思ったのに、
それを許さなかったのは秀一郎だった。
腕をつかまれて、まっすぐな目線で射抜かれた。
「俺はのこと、ずっと好きだよ」
直後に小声で「きっと一生好きだよ」と付け加えた。
「だから…無理だよ」
まさかとは思っていたけど、
心境は10年以上前のあのときから変わっていないのね?
だからあのとき別れるという判断をしたのは正しくて、
時が流れて色々な経験をしたら
前とは違った関係になれるかもなんて
心の中でうっすら期待し続けていた
私の希望的観測は期待外れで。
好きじゃないから付き合えないわけじゃないんだ。
あのときも今も。
私たちの関係は、絶対にうまく行かなくて、
だけどお互いのことが好きで幸せを願う気持ちは変わらない。
それは「だけど無理」ではなく「だから無理」という言葉が物語っていた。
「あー!すっきりした!」
私は両手を上に大きく上げて伸び。
「変なこと言ってごめん。答えは半分わかってたんだけど、
復縁したいってより未練を解消したいみたいな意味で言ったかも」
「……ごめんな」
「もう謝らなくていいよ。こちらこそまたフラせてごめんって感じ」
フるのも結構疲れるじゃん、と言ったら秀一郎は苦笑いをした。
あまりに浮かない表情をしているから
口角を上げて目尻を下げるようにほっぺをつねってやったら
「やめろ」と払われて、私は爆笑して、
釣られるように秀一郎も吹き出した。
「なんか、私、次に付き合った人あたりと結婚しそうな気がする。勘だけど」
「の勘は当たるからな」
「秀一郎も早く新しい彼女見つけなよ〜」
「余計なお世話だよ…」
そんなことを話して、笑いながら駅まで行って、
逆方面のホームへ向かう階段の前で立ち止まり、向かい合った。
「今日もありがとう」
「こちらこそありがとう」
その一言を交わして、手を振りバイバイをした。
その数か月後に私は新しい彼氏ができて、
そのまた一年後には結婚をして、
結婚式に誰を呼ぼうかと頭を悩ます状況になっているとは
このときの私はまだ想像できていなかった。
**
というわけでさてどうしようか。
呼ぶ…呼ばない…
呼んだとして旦那さんに「あれは元カレ」と紹介はできないよね…
まあ黙っておけばいいんだけど…
呼ばないとしたら宛先から一人だけ抜かす?
それはそれで不自然なのでは…
っていうか普通に仲良いし…
下手したら普通以上に…
いやそれが問題なのか…
……。
旦那さんのことをどれほど好きか。
秀一郎のことをどれほど大好きだったか。
考えた末、私は「呼ぶ」という判断をした。
**
そしていざ当日。
「、おめでとー!」
「おめでとう」
「おめでとうございまーす!」
たくさんの大好きな人たちに囲まれて、
隣には誰よりも大切な人が居て、
ドレスを身にまとって惜しみない拍手を受けて
私は幸せだった。
「みんなありがとう」
笑顔が絶えない私の元に、
中高テニス部時代の仲間たちが高砂席に現れた。
その輪の中には、この人も。
「、本当におめでとう」
柔らかな笑顔だった。
何も知らなければただの祝福に思えただろう。
だけどその視線の中にわずかな『愛しさ』を読み取ってしまったのは、
お互いが大好きでいたあの頃に見つめられていた目と
似たものをどこかに感じてしまったから。
「ありがとう、秀一郎」
母への手紙まで取っておきたかったのに、
目尻にわずかに涙が浮かんでしまった。
まばたきでかき消した。
開き直った。
好きじゃなくなるなんて無理だよ。
お互いのことが大切だから絶対に過ちは起きないし
恋い焦がれていたあの頃ともまた違った感情だけど
私は秀一郎のことがこれからもきっと好きなんだ。
「(我ながら激重感情すぎるな……それを上回った君は何者だ)」
心から愛おしくて大切で、これから一生を共にする誓いをした人が隣りにいる。
その気持ちには一つの翳りも曇りもなくて、
心から幸せだと感じられたことに感謝した。
「君よりも大好きな人に出会えたよ」。
比較されたこの愛が大きければ大きいほど、
君のことが大好きだった思い出への証明みたいだ。
秀一郎、私幸せになるよ。
絶対超えられないくらいの愛で隣りにいるこの人を大切にし続けるよ。
だからまたみんなで会って楽しく笑い合おう。
思い出話とかしてさ。
集合写真を撮り終えて、みんなが手を振り去っていく。
両手で振り返しながら、こっそり心で呟いた。
「ありがとう、そしてバイバイ」。
生身の人間同士にするとフラグみたいで草。
過ちは本当に起きませんから!!!(笑)
ようするに結婚を経てなお大石への激重感情抱えてる私の心境なわけですがw
過ちを起こしたくても起こせない安心の二次元。
でもなんかもう付き合いたいとか結婚したいとか
そういう次元を超えた尊い感情なんだ…許してくれ(笑)
でもね「本当は大石が一番好きだけど二次元だから
三次元で一番良い人で妥協した」ではなく
「こんな激重感情を抱いている大石を超えるくらい大好きな人(三次元)」に
出会えたのは奇跡なので…以上惚気でした(←)
これからも一生大石LOVE。
2024/11/04-09