* このままじゃあ桜に間に合わない *
中学3年間が終わる。
うち1年間の、報われない片想いも、今日で終わる。
告白なんてできるはずもなく。
きっかけを作って話しかけるのが精一杯で、
雑談すらまともにできたことがなかった。
遠くとはいわない、腕を伸ばせば届けそうな距離に居ながら
一度も触れることすらないまま、
視線だけを送り続けた日々が、今日終わる。
クラスの代表として壇上で証書を受け取る姿を
いつもみたいに一方的に見つめて。
卒アルにメッセージ書いてもらうとか
一緒に写真を撮るといった勇気もなく。
「お互い卒業おめでとう」。
「向こうの高校でも頑張ってね」。
私が伝えられたのは、その言葉たちだけだった。
もう、見られないんだ。
優しい笑顔。
凛と伸びた背筋。
授業中の挙手。
噛み殺したあくび。
そんな日常がどれだけ特別だったのかと
終わりを迎えてようやく身に染みる。
もう見られない。
それどころか、
もう二度と会うこともないのかもしれないな…。
同じ空間で過ごせた、それだけの時間がどれだけ特別だったのかと。
今更感謝して、
この幸せな気持ちをありがとう、
と心の中で唱えて、本人に伝える代わりとした。
辛くって悲しいのに、
同級生たちとは「また再来週」「っていうかまた後でじゃん」
なんて笑ってお別れをした。
それぞれ部活の仲間のところへ行くというみんなと別れて
帰宅部の私は一人先に帰路へ、
就かずに学校の裏庭に回る。
そこには私の大好きな桜の木が。
まだ咲いていないのはわかってる。
でも今までありがとうの挨拶をしておきたくて。
考えていなかった。
もしかしたら誰かがいるかも、って。
だから、
そこに人がいて
それが見慣れた人物で
しかも好きな人であるだなんて
予想できているはずもなかった。
「大石くん…!」
思わず声を上げてしまって、手を口で覆った。
もしかして告白で呼び出されて…なんて可能性を考えたからだ。
だけど振り返って目が合ってすぐにほぐれた大石くんの表情で
隠していることはなにもないのだと伝わってきた。
「どう…したの、こんなところで」
「ああ。もう来ることもそうそうないだろうから、学校をぐるっと一周してたんだ。
そうしたら最後にここにたどり着いて」
大石くんはそう言って太い木の幹に触れ、
ポンポンと叩いて、目線を首ごと上に向けた。私もそれに続く。
膨らみ始めた蕾は見えるけれど、花開くにはもう少し日数が必要と見える。
「この桜も、去年が見納めだったんだな。もう一度見ておきたかったけど」
桜って、卒業式か入学式かどちらか問題、あるよね。
早い年は入学式の頃には散っちゃってるし、
遅い年は卒業式には間に合わないし。
今年は後者だ。
3月頭には暑いくらい暖かくなったのに、
下旬である卒業式の今日、顔はマフラーに埋めたくなるほど寒い。
「次の学校の校庭にはこんな立派な桜があるかな…
そこまでは気にしてなかったな」
大石くんはそう言って苦笑した。
その顔を斜め下から見上げていたら、
得も言われぬ感情が込み上げた。
行かないでよ。
4月からもここに居てよ。
来年もここに居てよ。
そんな駄々をこねてあなたを困らせたところで何もならない。
それをわかってるから私は何も言わない。
だけど本当は、
行かないでほしいよ。
ここに居てほしいよ。
私の子どもみたいな駄々に付き合って、
困ったり呆れたりしてほしいよ。
笑っていてほしいよ。
でも私は言えない、言わない。
「次の学校も素敵なところだといいね」
「ありがとう。勉強ずくめな日々になることは予想できるけど、
それ以外のことも充実させていきたいと思っているよ」
「大石くんらしいね」
「そうかな」
そう言って、照れたように、そして少し嬉しそうに、大石くんは笑った。
二人だけで会話をこんなに長く取り交わしたことは初めてだ。
平静を装っている私の心臓はバクバクしている。
バクバクなのに、嫌ではなくて、幸せな緊張だ。
そうだ、伝えよう。
先程教室では伝えそびれた感謝の気持ちを。
「あの、大石くんに伝えたいことがあってさ」
「えっ…な、なんだい」
大石くんはあからさまに動揺した。
声と顔が引きつって、目線が左右に泳いだ。
どうしたの。
私はただ、「今までありがとう」って
伝えたかっただけなのに。
もしかして何か誤解をされている?
それこそ、愛の告白とか。
急に淀んだ相槌の意味は、
困惑?期待?それとも?
私の視線は魚のように泳ぐ大石くんの目を捉えられなくて、
ただわかるのが、
大石くんの顔が見る見る紅色に染まっていく。
待って。
待って待って。
勘違いされている気しかしない。
だけど私の彼に対する気持ちを考えたら
それは決して間違いでもなくて。
そう考えたら、もう平静を装えないくらい、
心臓のバクバクが強く速くなっていく。
バクバクついでに、気持ちを伝えてしまおうか、なんて突拍子もない考えが浮かぶ。
終わったんだと思った日々が、思わぬ形で続いてしまったものだから。
一歩、踏み出せば届くんだ。
「……いやあの、今までありがとう、って…」
…足りなかった。
勇気が、一緒に重ねてきた時間が、
私には(私たちには)圧倒的に足りていなかった。
「あ……それだけ?」
「ごめんそれだけで…」
「い、いや謝ることはないよ!そ、そうだよな!ハハハ!」
さっきまで縦横無尽に泳ぎ放題だったとは思えないほど
ピタリと定まって真っ直ぐこちらを見てきた大石くんは
小さく咳払いをして
「こちらこそ今までありがとう」
と言った。
ああ、泣きそうだ。
今日で終わらせたくなんてないよ。
どうして今まで少しずつの勇気を出してこなかったんだろう。
今この場で気持ちを伝えても不自然ではないくらいの日々を重ねてこなかったのだろう。
いつの間にか私の視線は下を向いていて、
「それじゃあ俺からも…」
という大石くんの言葉で顔を上げた。
「一方的に伝えたいだけだから、聞き流してくれ」
と前置きを添えて、
「実はさんのこと、ずっと好きだったんだ。
最後に会話の機会を作れて嬉しかったよ」
だなんて言う。
は?
「待って」
「あ、ごめん!本当に聞き流してくれていいから!希望がないのはわかってて…」
「私も」
「え?」
「私も、大石くんのこと、好きだよ」
すんなりと気持ちが口から飛び出してしまった。
だって、まさか。まさかそんな。
「え…本当かい。でもさっきは…」
「うるさいなあ、そっちこそそうだったら早く言ってよ」
恥ずかしくって、赤く染まったであろう頬をマフラーに埋めた。
大石くんは困ったように眉尻を下げ、優しく笑った。
大石くんは私の頭に手を乗せて、
ポンポンと叩いて、こちらを覗き込んできた。
私たちは目を合わせて、笑い合った。
もしかしたら、二人で一緒に桜を見られる。
そんな未来が私たちを待ち構えているのかもしれない。
そんな都合のいい話があってたまるかと思う一方で
そんな都合のいいことが起きるのがドリーム小説なのだなあ!の気持ち(開き直り)
ちなみに私は大石は普通に青春学園高等部に上がると思ってる派です。
だけどスケベ春的においしいのでちょいちょい外部の進学校に行かせます笑
(出会いと別れ大好きすぎるマン)
現事業所の入り口にある見事な桜(カンザン)の
見頃が4月末だから、もう見られないんだなーと思って書きました。
ソメイヨシノまでは、あと数日かな。
2025/03/10-22