* これ以上は桜が待ってくれない *












「う〜〜ん……」

春休み初日。
腕を組んで正座をした私は、床に置かれたケータイとにらめっこをしていた。

昨日は信じられないことが起きた。
卒業式のあと、ずっと片想いをしてきた大石くんと
両想いだということが発覚してしまった。
告白するつもりなかったのに、
それどころか二人きりで会話する時間を作れるとすら思ってなかったのに、
偶然にも二人の時間を迎え、向こうから告白され、私も想いを伝えるに至った。

急に両想いだということがわかっても、お互いどうすれば良いかわからず
ほとんど会話がないままギクシャクと帰路について、
分かれ道で
「それじゃあ…また」
「うん、またね」
と挨拶だけをして別れた。

朝の時点では、今までありがとうさようならしか言えない、言わないつもりだったのに、
次が確約されていることのなんて幸せなことか。

と、呆けたまま帰宅した私は、気付いた。
「連絡先わかんない…」と。
両想いなはずなのに、付き合うことになった、と思うのに、
どうしたら会えるか声が聞けるかその方法すらわからない。

誰かを介して連絡先を聞き出せるか、と
昨日夕方に友達と集まったときにも思ったけど、
実は付き合うことになって…という話をするのが恥ずかしいやら怖いやらで
ついぞ切り出すことはできなかった。

さあどうしよう、と追い詰められた私は、
ケータイの横に置いた一枚の紙を見る。
クラスの連絡網。

そこには、大石くんのおうちの固定電話の番号が記載されている。
でも出るのが大石くん本人とは限らない、寧ろご家族の可能性のほうが高いだろうし
これに掛けるのは最後の手段だ。
と、思っていたけど他の方法が思いつけずに、
今その最後の手段とにらめっこしてるってわけ。

なんて言おう。
もしもし、こちら大石さんのお電話番号でよろしいでしょうか。
私、秀一郎くんのクラスメイトのと申します。
秀一郎くんは今ご在宅でしょうか。
こんな感じか。

なんとかイケそう、とドキドキする指でケータイと紙を持ち上げて、
いや待て、電話取り付けるまでのハードルが高すぎてるけど
いざ大石くんと電話繋がってからも大問題だ、と気付いた。

テンション高く「やっほーだよ!」とか言っちゃう?
無難に「こんにちはです」で行く?
それが無難なのかすらわからないな。
付き合ってる人たちってどんな挨拶するの?
っていうか私たちって付き合ってるんでいいんだよね…?
両想いということを確認し合っただけで、特にその取り交わしはなかったような…。

持ち上げた両手をだらんと下ろして、
目を閉じたまま天井に顔を向ける。

緊張するしちょっと怖い。
両想いではあるけど付き合うのは無理だ、とか、
昨日は卒業式のテンションで浮かれちゃってたけど
考え直したらいうほど好きじゃなかったかも、
みたいなことになったらどうしよう。
大石くんに限ってそんなことはない。
と思いたいけども。

「う〜〜ん……」

再び唸っていると、遠くで電話の鳴る音。
それが止まって程なくして、お母さんの足音。

、電話だよ。クラスメイトの大石くんから」
「えっ!?」

心臓がドキーン! と飛び跳ねた。
まさか、大石くんの方から連絡をくれるとは。

膝下にケータイを置いたまま私は受話器を両手で受け取った。
お母さんが去っていくのを確認して保留を切って、
恐る恐る、「…もしもし」と出ると
『あっ、こんにちは、大石です。わかるかな』
と、くぐもった電話越しの声が聞こえてきた。

「わかるよ!もちろん!」
『そ、そうか!そうだよな、アハハ!』

その空笑いを聞いて、
ああ、緊張して、どう喋ったらいいか迷ってたのは大石くんもだったんだ、と気付いた。
きっと同じく、どうしたら連絡取れるかも苦心して。

大石くんから連絡をくれて、本当に嬉しい。
思えば告白も大石くんからだったもんな。

「連絡くれてありがとう。ケータイ知らないからどうしようかなって私も思ってた」
『そうだったのか。良かったよ』

大石くんは胸を撫で下ろしたようだった。
よし、これくらいは、私から勇気を出してみよう。
そう思って、電話をする前に頭に思い描いていたお願いと提案を口にする準備をする。

「良ければケータイ番号教えてほしいな。それから…」
『……それから?』

文の途中で言葉を区切って、続きを切り出さない私に大石くんが優しい声で問いかけてくる。

その声色に、やっぱり好きだと思って、
心臓はトクントクンと少し早めにリズムを刻んでて、
後押しされるように
「春休み中に二人でお出かけしない?」
と切り出した。

言った。言えた…!

鼓動はいつの間にかドクドクドクに変わってて、
大石くんの返事を早く聞きたいけど怖いような気持ちにもなった。
でも私の不安を跳ね除けて大石くんは『もちろん!喜んで!』と言ってくれた。
良かった…。

「じゃあ、いつにしようか」
『そうだな、俺は春休み中ならだいたい予定合わせられると思う』
「そっか…じゃあ、青春台公園に行って桜でも見に行く?」
『とてもいいと思うよ!確か桜の満開予想は…』

大石くんはぽつぽつと独り言を呟いてその日付を思い出せたみたいで、
約束の日は5日後に決まった。
一緒にお昼ご飯を食べてから公園に行くことにも決めた。

『それじゃあ、その時間に青春台駅集合で』
「うん、わかった。…わー、楽しみだな……よろしくね」

そう言ってから、どんな服着てこう、どんな髪型しよう、
あと数日あるから新調しちゃおうか、お母さんにお願いして美容院予約してもいいな、
なんて浮かれる私の耳に、思わぬ一言。


『……っやっぱり訂正していいかい!』


え…?

思わぬ言葉に体が硬直。

やっぱダメだった?
同じクラスで居た思い出として実は両思いだったことと、
デートするとか、お付き合いするなんてのは
別次元のことって気付いちゃった?

ドキン、ドキンと、嫌な心拍。
じんわりと冷や汗が滲む。
大石くんは、何を言うのか。
嫌だ、聞きたくない。

目をぎゅっと瞑っても耳は閉じられなくて、
次の瞬間聞こえた言葉は。


『明日にしよう!』


……へ?

『まだ満開じゃないけど、もう咲き始めてはいるよな』
「う、うん。ほとんどつぼみだと思うけど…」
『開き始めも風情があるんじゃないかなぁと思ってな、ハハ!』

ハハハハハ…と大石くんはしばらく笑ってたけど、
ついていけずに私は無言。
どうして、満開の5日後じゃなくて明日の方が。

疑問に思っていると、大石くんの笑い声は止んで。

『ごめん…早く直接声が聞きたくなっちゃって』

電波越しに、くぐもった声でそう言われて、
全身がぶわっと熱くなる。

「じゃあ…明日、場所と時間は同じで」
『ああ、よろしく頼むよ』

早く声が聞きたい、だなんて、
昨日聞いた「好き」の言葉よりも
よほど実感の沸いてしまう一言だった。

私も早く声が聞きたいよ。
顔が見たいよ。
背景には少しの薄紅色を添えて。

満開になるまでに、あと何回会えるだろう。
そんな贅沢な計算をしながら、
タンスの中身による総力戦の準備を開始した。
























今の時代はスマホでメールとかLINEとかなんでしょうけど
負けじとケータイと連絡網ですよこちとら笑

『このままじゃあ桜に間に合わない』に続く作品です。
その作品の続きが舞い降りて割とすぐ書き始めて、
本当は春休み中に書き上げるはずだったのに全然無理だったw

今年も桜も来年の桜も一緒に見られるといいね…幸せになれよ…。


2025/03/27-04/28