* 月の終わり *
-the end of the moon- part.10
ご飯は全部食べれた。
といっても、量はかなり減らしてあったけど。
それでも、オレにしてみれば十分だった。
…起きたはいいけど、することが思いつかなくて
結局オレはベッドに戻ってきてしまった。
寝ている間は、考えなくて済む。
少しの間だけ、楽になれる。
そんな思考が、オレを自然とベッドに向かわせたのかもしれない。
そして、オレは本日三度目の眠りに入る――。
***
「…英二」
ん…誰?オレを呼ぶのは。
よくわかんにゃい。でも、
懐かしいような…。
優しい声。
聞くととても安心する。
誰だっけ…?
「英二」
「!」
思い出した…だってこの声は…!
「大石!!」
「英二!」
オレは全速力で大石に駆け寄った。
そして、広げられた腕の中に飛び込んだ。
「大石…!」
「英二」
久しぶりに掴んだ、愛する人の感触。
大石だ…大石だ!
やっと、見つけた!
「大石のバカヤロー!ずっと捜してたんだぞ!
どこにいたんだよ!」
「ごめんな、英二」
オレは大石の胸をダンダン叩きながら叫んだ。
そのオレを、大石はギュッと抱き締めてくれた。
最高の幸せ。
至福の時。
「もう放さない…!」
「……」
オレは大石の背中に腕を回し、ギュッと力を込めていった。
でも…。
「大石…なんで黙ってるの?」
そう。大石は何も言わず悲しげな顔をするだけだった。
つられて、オレも泣きそうになる。
「オレのこと…嫌いになった、の…?」
大石はふるふると首を横に振った。
「英二のことは…大好きだよ。本当に。
でも…一緒にはいられない」
「どうして!」
大石はオレに眼をあわさないで言った。
「ごめん。またすぐに帰らなきゃいけないところがあるんだ」
「じゃあオレも連れてってよ…!」
オレは涙でぬれた顔を大石に押し付けた。
でも、大石はオレの肩を掴むとそっと体から離した。
「おお…いし?」
「だめだ、英二。英二は、まだこっちへ来ちゃいけない」
「なんで!オレ、大石とだったらどこへ行ってもいいよ!?
二人一緒なら、どこでも…」
オレは涙ながらに言った。
それに対して大石は、にっこり微笑み返すと
優しく、消えそうな声で言い放った。
「サヨナラ、英二」
「待って!サヨナラなんて言わないでっ!!」
振り返って歩いていこうとする大石に、オレは必死に叫んだ。
追いかけようとしたけど、何故か足が動かない。
「大石…待ってよ!オレを…独りにしないでっ…!!」
いくら叫んでも、大石は帰ってくることは愚か
振り返ることすらなかった。
そして、闇の中に消えていった。
「っ……大石ぃぃぃぃぃぃぃぃ…!!!」
***
『ガバッ!』
「……あっ…」
オレは片腕を前に伸ばすような形で起き上がった。
「ハァ…ハァ………夢?」
何か夢を見ていた気がする。
内容はぽっかり空いてしまった穴かのように、
抜け落ちてしまっていて憶えていない。
つい数秒前まで見ていたはずなのに…。
とりあえず、あまりいい夢ではなかったみたいで、
パジャマは寝汗でびっしょりだった。
そして、オレは泣いていた。
どんな夢だったか、見当は大体ついた。
怖い。
寝ているときすら、安らぐことが出来ない。
この苦しみからは、逃れられない。
どうして…。
そういえば、前もこうだったじゃん。
慰めてもらって…思いっきり泣いて。
あれから、大丈夫になったはずなのに…。
また、ダメになっちゃった…。
「大、石……」
或る日の学校帰りの、たった一つの出来事が、
こんなにもオレの人生を左右するなんて。
人生を左右するなんて、大袈裟に聞こえるかもしれない。
でも、それは大袈裟でもなんでもない。
一人の人間の死によって、
こんなにも思い苦しみ、
こんなにも悩み、
一時は自殺さえも考えたのだから。
あの一瞬が、オレのすべてを取り払ったんだ…。
そんなことを考えていると、チャイムの音がした。
どうせオレには関係ないだろうから、またベッドに上半身を倒す。
……。
起きているのはヤダ。
思い出してしまうから。
眠るのはヤダ。
夢に出てきてしまうから。
オレ…どうすればいいんだろう…。
『コンコン』
「?」
ノックの音に、オレは咄嗟に起き上がる。
「英二、起きてる?」
「うん…」
お母さんの声がして、返事をするとガチャ、とドアが開けられる。
「お客さんよ」
「…タカさん!」
オレは予期せぬ来客に、少々驚いた。
扉の後ろから出てきたのは、タカさんだった。
部活帰りにそのまま来たのか、荷物も全て持っていた。
「やあ、英二」
タカさんはゆっくりと二段ベッドのはしごを登ると、
オレの横に腰掛けた。
「タカさん、今日はどうして…」
「いや、英二今日休みだったじゃん?
どうしてるのかって少し気になって…それで」
「そうなんだ…ありがと」
みんなの心遣いが嬉しい。
応えられないのが悔しい。
「英二…少し、痩せた?」
オレの顔と体を見て、タカさんは言った。
痩せた…確かにそうかも。
ここんとこロクに食べない割に部活は出るし、
睡眠もほとんど取れてないし、いろいろとやるし…。
痩せたというより、やつれた、かも。
「ちょっとだけ痩せたかな、…えへへ」
オレはそう笑って言ったけど、タカさんは真面目な顔で話し始めた。
「英二…元気だしなよ?確かに…大石がいなくなったのは悲しいかもしれないけど、
それは俺たちも同じだし。今出来ることはみんなで支えあうことだよ…頑張ろう!」
「タカさん…」
その言葉が妙なほど優しくて、オレは泣きそうになった。
そうだよ。
辛いのはオレだけじゃないんだ。
みんなだって同じなんだ…。
みんな一緒って考えたら、なんだか気持ちが楽になった。
そうしたら、タカさんはこんなことを訊いてきた。
「そういえばさ、英二…手塚や不二たちと何かあった?」
「えっ!?」
オレの心臓がドキンと鳴った。
なんでタカさんが知ってるんだ!?
もしかして見られてた…とかそういうことはないよね?
「いや…今日さ、手塚と不二も誘ったんだけど、
僕が行っても余計英二を追い詰めちゃうだけだって不二が言うし、手塚も横で黙ってたから…」
「……」
「だから桃を誘ったんだけど、桃もオレが行ってもエージ先輩は辛くなるだけだって…」
「……」
「手塚って部員のそういうところはいつも気を配ってるし、
不二も桃も英二と仲良いから当然くると思ったんだけど…」
そこまで言うと、タカさんが黙り込んだ。
そうか…そうだよね。
オレって自分が一番辛いような気がしてたけど、
オレがみんなのこと傷付けてんじゃん。
桃のことは突き放しちゃったし。
手塚と不二は……あんなことあったし。
オレ、なんてバカなんだろ。
何も考えてなかった。
…何も考えられなかったけど。
無意識の声でさえ人を傷つけちゃった…。
オレってホントバカ。
「英二…元気出してね!
オレが言ってもどうにもならないかもしれないけど…」
ホラ。黙ってると今度はタカさんを傷つける。
何か声掛けてあげなきゃ…。
「手塚たちとの間に何があったかは知らないし無理に訊く気もないけど、
きっと…それは時が解決してくれることだから…」
うん、そうだね。ありがとう。
頭ではわかってる。言うべき言葉なんて。
でも……。
「英二……」
「……っく…」
ずっと堪えてきた涙。
また溢れてきた。
最近ずっと泣いてるからもう涙なんて涸れちゃってもおかしくないのに。
「ごめん、英二!俺何か悪いこと…」
ぶんぶん、と首を横に振った。
タカさんは悪くない。
みんなも悪くない。
悪いのは…自分ただ一人なんだから…。
みんなの行為が嬉しかった。
掛けてもらえた言葉は心に響いた。
それが…自然とオレの涙を押し出しているんだ。
「タカさ…ん、ゴメン。オレ……嬉し、かった。来…てくれて」
精一杯の言葉を捧げた。
これが、今のオレの出来る限りのお返し…。
たったこれだけだけど、みんなの気持ちを分けてもらってオレの元気になってるってこと、
なんとかして伝えたかった…。
タカさんは、にっこり笑い返してくれた。
ゴメンね、すぐ元気に戻るから。
ゴメンね、また明るいオレになるから。
ゴメンね、笑って過ごせる強さを手に入れるから…。
ゴメンネ。
もう少しだけ、待ってて…。
「ありがとうタカさん、ちょっと元気出てきた。頑張れる、かも…」
涙を拭って言った。
まだ涙声だったけど、一応ちゃんと喋れた。
「頑張ってね、英二。辛いと思うけど…俺たち仲間だからさ。
相談できることなら何でも言ってね」
「ん、ありがと」
今度は自然に言えた。良かった。
「じゃ、俺そろそろ帰るから」
「わかった。わざわざありがとね」
タカさんはかばんを持って立ち上がった。
「無理はしないでね。不二が、あんまり辛いようなら学校は暫く休んでも…って」
「大丈夫。明日は行くよ」
元気をたくさん、もらったからね。
「それじゃあ、また明日」
「うん。また明日」
パタンとドアが閉まった後、オレは窓の前に立ってみた。
西の空に夕陽が沈むところだった。
とても綺麗だった。
暫く見惚れていた。
大丈夫。明日からは頑張れる。
そう自分に言い聞かすと、ほんとにやれそうな気がした。
心構えで、人は変われる…オレは大丈夫だ。
東の方の空に目を移すと、少し膨れた三日月が青くなり始めた空に光っていた。
周りに、一等星がいくつか見えた。
→
夢の中での大石とのシーン何気に好きです。
つかね。
大菊が好きなの。(爆死)
タカさんもいいですね。ノーマルで。(オイ)
純粋に…こう、励まし合ってね!
人は強くなるのですよ。うん。(誰)
2002/08/20