* 月の終わり *
-the end of the moon- part.16
大石の事故から一ヶ月、
オレが入院してから二週間以上。
オレは心も体もボロボロで。
完全に衰弱しきっていた。
白川さんが窓の外見る?とか。
なんか本読む?とか。
いろいろ話しかけてくれるんだけど。
オレは首を振ることは愚か、
声を出す気力すらなかった。
三日前からは、面会謝絶になった。
どうせ誰かきても、喋る気力なんてないから良かったのかもしれない。
でも、自分の体が本当にまずい状態なんだと、実感させられた。
精神的に完全に滅入ってて。
毎日ただただぼーっとしていた。
先生たちが来て、オレの体の検査をしては溜め息だけを吐いて出て行った。
それなのに、何故今日は一日中面会が許可されているのか。
頭も、妙にすっきりしていた。
いや、すっきりってことはないんだけど。
一応ものを考えることは出来たし、喋る気力もある。
どうしてだろう。
ナニモクチデハイワナイケド
ココロノオクデハナニカヲサトッテイタノカモシレナイ。
『コンコン』
ノックの音がした。
オレは寝たまま答えた。
「……はい」
「菊丸?入るぞ」
てっきり白川さんだと思ったら、
聞こえてきたのは低い声。
手塚の声だということがわかった。
ドアが開くと、そこにはレギュラーのみんながいた。
「手塚…不二…タカさん…桃…海堂…乾…越前……」
…あれ?
なんか少なくない?
……あそっか。
オレと大石の分か…。
「英二…随分、痩せたね…」
近付いてきた不二は、
床に立て膝になると同時にオレの手を握った。
あんなに細く見えた不二の腕、
今ではオレの方が全然細い…。
不二の顔を見た。
…あれ?
少し、涙ぐんでる…。
他のみんなも固まってる。
哀しそうな顔をして。
そんなにオレ、変わった?
憐れみの表情で見られるほど、やつれた?
「英二…!」
不二が、オレの手を掴んだままそれを目に当てた。
肩が少し震えてる。
泣いてる、のかな?
「ゴメンネ、不二…」
思考が全然回らなくて
ちょっと良くわからなかったけど、
泣いてる人を目の前にして、本能的に謝った。
不二はふるふると首を横に振った。
みんな、固唾を呑んでいた。
その張り詰めた空気の中、桃が口を開いた。
「エージ先輩…元気出してくださいね!
また、一緒にテニスやりましょうよ!!」
…必死に励ましてくれてるんだね。
ありがとう。
でも、言い返す言葉を考えられない。
ホントに頭働いてなくて…。
えっと…何か言わなきゃ……。
「でも、もう大石と一緒にはテニスできないんだよね」
「!!」
みんなの表情が更に険しくなった。
…オレなんて言ったっけ?
ただ、口の動くままに任せたけど。
思い出せない…。
「……っ」
海堂が部屋から走り出て行った。
どうしたんだろ…。
「かいど…」
追い掛けようとした桃の腕を、手塚が掴んだ。
「部長…」
「堪え切れなかったんだろ」
「…」
「独りにしてやれ」
「…ハイ」
手塚の一言で、桃も静まった。
こんなに大勢いるのに、静まり返った病室。
タカさんが、さっきから何回も何かを言おうとしてためらってる。
タカさん…。
いつでも優しくって、タカさんには何回も励まされた。
みんなでタカさん家に言った時は楽しかったなぁ…。
普段は控えめで穏やかなのに。
ラケット持った時のバーニングっぷりは面白かったね。
青学テニス部一、力が強い人でもあったね。
頼りになる友達だった…。
そのタカさんのちょっと横で、越前が帽子を深くかぶって固まってる。
越前…。
話題のルーキー。
いつも試合のいいところで勝ち持ってっちゃってさ。
生意気なんだけど、なぜか憎めなくって。
からかったりすると、結構面白かったりした。
おチビって呼んだこと気にしてたのかな?ま、いっか。
きっと越前はいいテニスプレイヤーになれるよ。頑張れ…。
桃は目に涙を浮かべて歯を食いしばってる。
桃…。
一番仲がいい後輩だったかな。
あっさりしてて、話しやすいやつだった。
一緒にいると、すっごい楽しかったな。
青学一の運動神経の持ち主の称号は、譲っといてあげるよ。
後輩なのに、なんかたくましいというか。
一緒にいると安心するやつだったな…。
乾は、何やら妙なノートとファイルを抱え込んでる。
乾…。
青学一のデータマン。
乾のデータにはいろいろとお世話になったね。
すっごい感謝してる。
まずい汁を飲まされるのは勘弁だったけど。
でも、ま、今考えると楽しかったかな
掴み難いやつだったけど、頼りになったよね…。
相変わらずの表情で、手塚は微動だにしなかった。
手塚…。
いつでも厳しい部長。
でも、部員のこと良く思いやってるの、オレは知ってる。
外周させられんのはやめて欲しかったけど。
イメージは、お堅い人って感じだったね。
オレたちテニス部手塚に引っ張られてここまできたんだもん。
本当にありがとう…。
オレの傍らで涙を拭ったのは不二。
不二…。
3年になって同じクラスになって、すっごく仲良くなったね。
不二とは、友達として一番仲良くなれたと思う。
あ〜…そういえばシャーペン借りたままだったかも。
他にもいろいろ迷惑かけちゃったな。
でも、不二はいつも笑顔だったね。
オレ、不二のその笑顔大好きだった…。
そういえば、海堂はどこに行ったんだろ。
海堂…。
ぶっきらぼうで不器用なやつだったけど、
さりげない一言で励まされたことが何度かある。
みんなは怖いって言うけど、本当は優しいやつなんだよね。
何気に動物好きで涙脆いし。
海堂と一緒にいるとなんか落ち着いたな。
練習量は人一倍だったね。これからもその調子で頑張ってね…。
みんな…みんないいやつだったな。
楽しかった。今まで。
あ〜…なんか昔のこといろいろ思い出してきた。
楽しかったこと。
面白かったこと。
嬉しかったこと。
悲しかったこと。
辛かったこと。
苦しかったこと。
本当に、本当に…いろいろあった。
そして、オレの傍には、いつもあの人が…。
大石…。
もう、言葉に出来ないくらい、伝えたいこと、たっくさんある。
言いたいことが、次から次へと溢れてくる。
全部、受け止めてくれる…?
……あっ。
この前見た夢、大石が言ったこと。
今なら意味がわかる。
もうすぐ…会えるんだね…。
「……」
オレの両側の目尻から、雫が零れた。
でも、自然とオレの顔は笑顔だった気がする。
「英二…」
横で不二が呟いた。
目が赤い。
ありがとう。オレのためなんかに泣いてくれて。
他のみんなも、わざわざ来てくれて…。
ありがとう。今まで本当にありがとう。
すっごい楽しかった。
でも……。
「ごめん、独りに、してくれるかな…」
「…ああ、わかった」
手塚がいつもの低い調子で言った。
「エージ先輩!」
「桃……」
ためらう桃の肩にタカさんが手を乗せた。
桃は、ちくしょう、と一言残して病室を駆け出した。
越前は、帽子に指をかけてぺこりとお辞儀をしていった。
みんな、部屋から出て行った。
最後に一人だけ残った不二。
ゆっくりとオレの横から立ち上がると、
こっちを見て一回ゆっくりと微笑んだ。
ああ…オレの大好きな笑顔だ。
でも、それは何処かに悲しさを隠していた。
必死に涙を堪えてるようにも見えた。
だけど、オレはそれには気付かない振りをして、笑い返した。
すると、不二はくるりと後ろを向いて、
口と鼻の辺りを押さえて走って行こうとした。
「あ、不二!」
「!」
オレが呼び止めると、不二はビクッと肩をあげた。
こっちを振り向かなかったけど。
「あの…乾呼んでくれる?」
不二はそのままコクンと頷いて部屋を出て行った。
そして、すぐに乾が入ってきた。
ドアが閉められる。
「……」
乾は黙っていたので、オレから声を掛けた。
「ねぇ、乾…」
「…どうした?」
「今日もさ、そのファイル持ってんじゃん?」
「ああ、これか」
乾は腕に抱え込んであるファイルを見やった。
「それさ…みんなのデータとかいろいろ入ってるんでしょ?」
「そうだけど…」
「あのさ、えっと…大石の写真とか、ある?」
「……ああ」
オレの質問に対し、
乾は一瞬間を置いて答えた。
「じゃあさ…一枚、くれない?」
「…わかった」
乾は眼鏡を人差し指でついと持ち上げると、
ファイルをぺらぺらとめくった。
「…ほら」
「ありがと」
オレは、その写真を意識して見ないようにして受け取った。
「菊丸…」
「ん、にゃに?」
「……気を付けて、いけよ」
乾が言った。
オレは、無理に明るい声を作っていった。
「行くってどこに?オレ今独りじゃ動けないんだけど」
「……」
乾が困った風な顔をした。
そっか。
もう…乾は気づいてるんだね。
みんな気付いてるのかな?
「ウソだよ…わかってる」
「それじゃあ、な」
「ん。バイバイ」
オレは涙声になりそうなのを必死に喉の奥で止めた。
「みんなに伝えておいて。楽しかったって…。みんなのこと大好きだったって」
「ああ。…伝えておく」
乾はパタンとドアを閉めた。
再び、沈黙が帰ってきた。
でも、耳を凝らすとドアの外から何やら聞こえてきた。
暫くすると、それも消えた。
オレは一つ大きな深呼吸をした。
ゆっくりと、さっき貰った写真をめくる。
…大石だ。笑ってる……。
「大石…やっと、一緒にいけるよ…」
涙がたくさん溢れてきた。
その霞んだ視界の先で、大石がこっちに腕を伸ばしてきたのが見えた。
「今度こそ…捕まえた!」
間違いなくオレはその手を掴んだ。
しかしオレの手は宙を掴み、
そのままパタンと下に落ちた。
オレの意識は、そこで一時的に終わる……。
***
―…某日、都内の病院の一室で、
また一つの命が天へと旅立った。
死因は過度な衰弱。
しかし、その顔には笑みが浮かんでいたという。
***
月齢は零、すなわち、新月の日だった―――。
→
ぷひゃ!
クライマックス乗り越えましたね。
次回で菊編終了です。菊編は。(ぉ
青学レギュラー出せて楽しかったです。
…乾さんいいとこ取り。
こんなとこまでファイルとか持ってくんなとかその手の突っ込み禁止。
一緒にいけるを、行けると逝けるを掛けたくて片仮名にしたら、
誤解されそうなので平仮名に。(爆死)
ああ…なんか切ないぜ、英二さん。
2002/09/01