* to my dearest partner -3- *
目の前に現れた一番逢いたい、愛しい人に、
オレは一瞬戸惑った。
いや、疑ってた訳じゃないけどさ。
その行動が、少し理解に困った。
だって、まさか真夜中に来るとは思わないじゃん?
「良く…来たね」
「だって…最後なのに、何も挨拶できなかったから…。
明日も何時頃発つのかも分からないし」
「大石…」
そうだ、もう昨日で終わった。
オレはもう全てをすっぱりと切ったんだ。
もう、終わり。
「そうだね…最後の挨拶、忘れてたもんね!
大石に逢えて…一緒に過ごして、本当に楽しかった!ありがとにゃ…」
少し声が震えそうになった。
必死に抑えたけれど、気付かれた、かな?
すると、大石はオレのことを抱き締めた。
「英二…」
「大、石…!」
そして、キス――…。
何度目だろう、付き合い始めてから。
完全に憶えてしまった、大石の味。
甘くって、蕩けるような。
これも、最後なのだろうか…。
そう、最後。
切らなきゃいけない。
「大石…分かってる?」
「ん?」
「オレ…昨日言ったよね。もう、関係を切るって。
オレはもう、大石の恋人でもなんでもない」
「……」
「終わりだ、大石」
風が、吹いた。
パジャマのままで来たから、少し肌寒い。
一瞬の沈黙が、余計冷たい。
「本当に、終わりなのか?」
「…うん。もうオレ大石のこと知らない。何の関係もない」
大石が訊いてきたので、答えた。
それがオレの本心か、偽りかは…自分では、分かってるけどさ。
それでも、オレは続けた。
自分自身にも、相手にも、けじめを付けるために。
愛しさは募るけど、だからこそ切らなきゃ。
今日で、終わり。
ダブルス組んでた事実も、
恋人だった現実も。
全て、過去の思い出になる。
これからオレ達は、もう何の関係も、ナイ。
「もう、オレたちは恋人でもなんでもない。
オレ大石のこと…嫌い、だもん」
「…っ嘘言うな!」
「…うっ!」
オレが言うと、大石はオレを家の塀に押し付けた。
背中に石のひんやりとした感触が伝わってくる。
そして、それとほぼ同時に、深く口付けられた。
舌も絡められて、唾液が混ざり合う。
関係を切る、と決めたのに。
忘れなきゃ、と思うのに。
なのに、体が求めている。
探ってくる舌に応えて、相手を貪ってしまう。
甘い吐息が洩れる。
正直に、気持ち良いと思ってしまった。
「っ…。ダメ、だって。大石…」
繋がっている部分が離されて、オレは口だけでも、否定の言葉を出した。
本当は、もっと繋がっていたいとか思っていたのに。
それは、許されないことだから。
すると、大石は言う。
「忘れるだけなのに、どうしてわざわざ“嫌い”とか言うんだ」
「……」
「本当は忘れられないから、無理に突き放そうとしてるんだろ!?」
「ち、違う!」
「何が違うんだ」
「だ、だって…」
大石の言葉に、オレは適確な返答を返すことが出来なかった。
だって、大石の言うことはは全て正しかったのだから。
「英二…お前、何度も関係を“切る”とは言ったけど、
忘れるとは言ってないよな。つまり、お前は…」
「……分かってるよ!大石のバカ!!」
真夜中だということも忘れて、オレは叫んだ。
そして、大石の胸に飛びついた。
もう、自分の気持ちは隠せない。
口から飛び出した言葉と、
目から飛び出した涙が、何よりの証拠。
一度表面張力が切れてしまった水は、
コップに二度と戻れない。
オレは、思いを全て吐き出した。
「意地悪…バカ…っ!…オレだって、オレだって忘れようとしたんだよ!
でも、無理だって分かったから…。切ってしまえば、辛くないと思ったから。
会えない淋しさ引き摺るよりは、楽になれると思ったから…」
「大丈夫だよ」
「――」
大石のいつもの落ち着いた声に、オレははっと顔を上げた。
「離れなくて、いいんだよ。…むしろ、離れないでいてくれ!
住む場所が離れって、心は…心だけでも、傍に居るから…!」
「大石ぃ…!」
涙がボロボロ出た。
大石の顔がもう見れないくらいに。
拭いても拭いても溢れてくる。
もう諦めてそのままにしておくと、頬を伝って垂れた。
大石が、雫を舌で掬った。
オレはちょっとだけビックリした。
すると、大石はオレに視線を合わせて、にっこりと微笑んできた。
はっきりとは見えなかったけど、とても優しい笑顔だったと思うんだ。
「英二のこと、放さないから」
「大石…」
言葉どおりというのか、大石はオレのことを抱き締めてくれた。
そのままの体制で、オレは本当のことを全部ぶちまけ始めた。
本当は行きたくないだとか、
でも家族と別れるのは嫌だとか。
そしたら大石に「子供だな」って言われた。
じゃあ大石だったらどうした、って訊いたら、
「俺でも家族と一緒に行ったよ」って。
それなら大石も子供じゃん!って言ったら、
「うん、そうだね」って。
そこで、なんとなく吹っ切れた気がした。
オレたちは家のドアに寄り掛かって、
正面にぽっかりと浮かぶ月を見上げながら話した。
オレたちは、なんだかんだいってまだ子供で。
いくら強がっても、自分の運命を切り開けるほど出来てなくて。
それでも、やっぱり意志はあるから。
自分で切り開くのは無理でも、沢山ある道の中から、
一つだけ選ぶってことなら、出来ると思うんだ。
ただ平坦な道をそのまま行くんじゃなくて、自分の考えで。
だけど、こんなもの、人生の一つの通過点にしか過ぎないんだから。
無理に抱え込まなくていいんだ。
もう少し、軽い気持ちでいこう。
自分の気持ちに、正直になろう。
「大石…」
「ん?」
「…ダイスキ」
「それでこそ、英二って感じがするな」
エヘへ、とオレは笑った。
もう、隠さない。
大石のこと大好き。
忘れたくない。
いつまでも一緒に居たい。
一緒に居るってことは叶わないかもしれないけど、
心だけなら、繋がっていられるって分かったから。
→
2002/12/09