* skew position -part.16- *
廊下を歩いていると、3年6組の教室の中で英二がふと視界に入った。
部活のとき…というかオレと居る時と違って、いい笑顔だった。
少し切なかったけど、少し嬉しさも感じて、
安心しながら通り過ぎようとしたとき。
不二が、英二に近付いた。
そして、耳元で何かを囁いた。
途端、英二は青冷めて教室を飛び出してきた。
「えいっ…」
俺は声をかけたけど、英二は反応しなかった。
そのまま俺のすぐ横を通り過ぎてトイレに駆け込んだ。
気付かなかったのか避けたのかは知らないが…でも、
全く反応を見せなかったから、気に掛ける余裕もなかったんだと思う。
英二は…無視したりするのが苦手だから。
声を掛ければ、こっちを向かなくとも、
例えばわざとらしくそっぽを向くとか、何らかの反応は見せる。
でも…それも無かった。
それほど、動転していたのか。
教室をはっと見上げると、不二と目が合った。
斜めからの角度で、不二の顔が整っているのがよく分かった。
少し小悪魔的な笑顔でこっちを見てきた。
いや…むしろ俺には悪魔以外何者でもなかったのだが。
でも、こういっちゃなんだけど、美しかったんだ。
鳥肌が立つほど綺麗だった。
その笑顔を睨み返して、俺は英二の後を追った。
トイレに入ると…人は誰も居なくて。
でも、個室のドアが閉まっていた。
中に居るのは、もちろん英二以外考えられない。
自分は何をしているんだろうと思いつつも、
足音を立てないようにそっと近付いた。
すると、中から聞こえたのはすすり泣く声。
「…っく。も…ヤダ……怖い、よ…っ」
「………」
居た堪れなくなって、俺はまた足音を立てないようにその場を抜け出した。
いつもなら声の一つも掛けてやるところだけど…今の状態じゃそうもいかない。
余計思い詰める原因になってしまうかもしれない。
辛かったけど、それしかなかった。
また自分の教室に向けて歩き出す中…俺は思った。
やっぱり、不二に本当のことを聞きだすしかない……。
俺は足を止め、くるりと方向転換した。
もと来た道を戻って、また同じ場所に着いた。
「――不二」
「やぁ大石、珍しいじゃない」
不二はにこりと笑うと、こっちに近付いてきた。
俺は咄嗟に体の前に腕を出した。
「…随分警戒してるんだね」
「あ、あぁ…悪いな」
自分の無意識の行動に驚きながら、俺は腕を下ろした。
そして、不二に言った。
「…話がある」
「ん?」
「昼休み…部室に来てくれ」
それだけ伝えて、俺は踵を返した。
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大石秀一郎
2002/12/17