* skew position -part.5- *
…午後になっても雨は降り続いて。
もちろん部活は中止となった。
梅雨のこの時期、雨が降ることは多い。
屋外で活動しているテニス部は、
雨が降ると活動は出来ない。
みんな、帰宅する。
そんな日は、家で勉強をしたり、
趣味に時間を費やしたり。
…俺もそうするつもりだった。
でも、どうしても頭の中のモヤモヤとした
霧のようなものが取れなくて。
とりあえず…謝るだけでもしておかなければ。
今後のことも、もう一度落ち着いて話す必要がある。
一度自分の家に歩き始めた足を、
英二の家の方向に向け直した。
『ピンポーン…』
「……」
インターホンを鳴らして暫く待ったけど、
人が出てくる様子はない。
ドアノブに手を掛けると…鍵は開いていた。
そっとそれを引くと、
英二の靴はあった。
家に居ることは間違いない。
そこで、俺はそのまま家に入ってしまったんだ。
無言で他人の家に入るなんて、常識外れもいいところ。
それよりも、頭の中では何をどう英二に喋ればいいのかで一杯だった。
もう何度も通って見慣れた階段をゆっくりと上る。
英二の部屋の前で止まる。
大きく深呼吸をする。
そして、ノックをしようとした瞬間…。
「あっ!」
「ちょっと、エージ先輩…」
「……?」
明らかに、英二のほかに誰かの声がした。
その声の持ち主は…桃だと考えられた。
部活が休みの日に、二人は何を…。
「…英二?」
「…え、大石…!?」
聞こえてきたのは、泣きそうな英二の声。
俺は堪らずドアノブに手を掛けた。
「英二!開けるぞ?」
「あっ!待っておおい…!」
「―――」
英二のドアが終わる前に、
俺はもう既に勢いでドアを開け放っていた。
そこで目にしたのは。
焦ってこっちに駆け寄ってくる英二。
ワイシャツはただ羽織っただけ。
片腕は袖に通されているが、ボタンは留めていなく
胸の前を握るようにして服を掴み合わせていた。
ズボンは一応穿いてはいるものの、
ベルトもチャックも全開。
そして、その後ろには上半身裸の桃。
俺はまた考えなしだったんだ。
行動を起こす前に、もう少し考えるべきだった。
冷静になって考えると、
英二の泣きそうな声とか。
妙に焦った雰囲気とか。
気付く由はあった。
しかし、今ではそんなことをいっても遅い。
「わ、悪い…邪魔したな」
邪魔したななんて。
落ち着いて考えれば何言ってるんだって感じだが。
俺の頭の中は完全にパニックだった。
ドアを閉めて、
もと来た道を戻り始めた。
階段を下りて。
玄関を出て。
雨は降り続けていたのに、
傘も差さずに。
歩き始めて一分もしないうち、
後ろから誰かに抱き付かれた。
誰か…なんてな。
一人しかいないとはわかっているけど。
「ごめん大石!違うの!!」
…英二は泣いて謝ってきた。
それなのに、俺は冷たい態度を取ってしまう。
「何が違うんだよ…あの状況で」
「…っ…大石ぃ」
自分が苛付いてるのがわかった。
朝に不二たちのことがあったからかもしれないが、
何より、俺の頭の中は混乱と同時に
小さな怒りが生まれていたんだ。
海堂?
不二?
桃城?
何なんだ一体。
「…英二」
「なに…?」
大きな溜め息を一つ吐いてから言った。
「もう…俺は疲れたよ」
「待って大石!疲れたなんて言わないで…。俺の話、聞いて…!」
英二の腕にギュッと力が篭ったのを感じた。
それでも、俺の口から出るのは冷たい言葉。
雨で濡れた体かのように。
「…この前俺が話をしたいって言った時、
英二は大して聞いてくれなかったじゃないか」
「それは……」
「………」
もう何もかもがわからなくなった。
信じられなくなった。
「英二、もういいよ。海堂だか桃城だか知らないけど、
好きなところへ行けばいいさ」
「違う!!」
英二は思いっきり叫んできた。
でも、俺は腰に巻かれた腕を振り解いた。
そして、後ろを振り向かないまま歩き始めた。
背中に、英二の泣き声を浴びながら。
これでよかったのか、わからない。
でも、疲れたんだ…。
next character→
桃城武
2002/09/16