* skew position -part.9- *












「海堂」
「はい?」
「今日、うちに来ないか?」

部活も終わり、皆がざわついているところ。
俺は水のみ場で顔を洗う後輩の海堂を誘った。


何を隠そう、俺と海堂は付き合っている。
…いや、一応他の部員には内緒なのだが。
特に隠す理由もないのだけれど、裏を返せば明かす理由もない。
海堂はそういう噂を立てられるのが嫌いだろうし、とりあえずは隠されている。
…少し勘付いている奴もいるみたいだがな。

俺たちが付き合い始めたのは、三ヶ月ほど前のこと。
俺の方から、想いを伝えた。


当時海堂はまだ一年で、
レギュラーになって間もなかった。
とはいえ俺はそれよりかなり前から想いを寄せていて、
ずっと彼の事を気に掛けていた。
レギュラー同士ということで話す機会も増え、
仏頂面の彼も少しずつだがこっちを向いてきてくれた気がしたんだ。
たまに、笑うと微かだが笑い返してくれた。

そんな関係が続いたある日、俺は思い切って想いを伝えることにした。
海堂を、俺の家に呼んで。
見せたいものがあるというと、
何も疑わずにやってきた。

そして…。




  ***




「で、何なんスか?見せたいものって」

俺の家に来て、俺の部屋に入って。
とりあえず海堂をその辺に座らせて、
俺は麦茶を入れたコップを二つ台所から持ってきた。
すると、すぐに海堂は疑問を投げかけてきた。
ので、俺は早くも本題に入った。

「うん…実は、それ嘘なんだよね」
「…え?どういうことっスか」

コップから口を離し、
海堂はこっちを見て不思議そうな顔をした。
俺は言った。

「今日ここに君を呼んだのは、俺の気持ちを聞いてもらいたくてね」
「……」
「俺は…海堂、君のことが…好きだ」
「せんぱ…」

期待と不安が入り混じった気持ちで海堂を見ると、
いきなりのことで驚いたのか、
俺の顔を見たまま固まっていた。

数分ほど経ってからだろうか。
海堂はすっとコップを床に置くと、
こっちを真っ直ぐと向き直った。

「スンマセン…先輩。俺、先輩のこと嫌いじゃないけど、いや、
 どちらかと言えば好きだけど…」
「恋愛対象としては見れない、かな?」
「ハイ…」

海堂は、申し訳なさそうに下を俯いた。
…まあ、予想通りの反応だった。
そして、俺のデータによると…。

「…海堂」
「はい…」
「それに君は…他に好きな人がいるのだろう?」
「!」

やはりな…分かり易いんだ、海堂は。
本当にデータ通りだ。

「やっぱり、その人のことが大切なわけだ」
「え…それは、その…。確かに、その通りなんスけど…。
 …どうしても…上手くいかなくて…。
 忘れちまった方がいいとか、思い始めてるんス…」
「…辛いんだ、海堂も」

海堂の顔を見ると、俯いている顔には少し哀愁の色が見えた。
俺はその頬に、そっと手を当てた。

「…センパイ?」
「俺のところに来ないか、海堂。君のことは…
 出来る限り大切にする。そいつのことも忘れさせてあげるよ…」
「そんな…先輩、俺なんかで…いいんスか…」
「だから」

俺は海堂のおでこをコツンと叩いた。
海堂は顔を上げた。

「俺は、君のことが好きなんだって」

そう言って、にこっと笑った。
すると、海堂は一度上げた顔をまた深く下げて、言った。

「……それじゃあ、ヨロシクオネガイシマス…」

海堂が顔を上げて、眼が合った。
そのまま俺は海堂に近付いて、キスをした。

このとき俺は、喜びと同時に何故か慌てている、というか、
焦っていて…。
海堂に本当は好きな人がいる、と分かってしまっていたからかも知れない。
何か順序を取り違えてしまっていた気がする。

ついに自分の手の中に入った海堂。
すると、どんどん欲が出て。
手に入れたら、今度はどんどん新しい一面を見たくなってきた。

そして、やってしまったんだ…。


ただの軽く口をつけたキスのはずだった。
しかし自分の目の前にうっとりと目を閉じた海堂がいて。
俺は自分を抑え切れなかった。
思わず、海堂の口内に舌を滑り込ませた。

「ん!?」

驚いて目を開く海堂を他所に、
俺は海堂の舌を探り、絡ませてやった。
海堂は体を離そうと俺の胸を押してきたが、
俺の方が体も大きかったし力も強かったし、
そのまま海堂を押さえ込んだ。

「っはぁ!」

口を離すと、唾液の糸が二人の間を伝った。
口元を袖で拭う海堂は、涙目だった。

「ごめん、驚いたかな、突然で」

そんなことを言いながらも、
俺の頭はどんどん先のほうに進んでしまっていた。

「海堂、必ず幸せにしてあげるから」
「先輩…!」

俺は怯え気味の海堂ににじり寄り、
学生服のボタンに手を掛けた。
そしてそれを外し始めた時、
海堂は俺の手を止めに掛かった。

「…海堂?」
「先輩…こんな……」
「…怖い?」
「……」

海堂は下を向いて俺から視線を離した。
そんな海堂にも気にせず、
俺は反対の手で海堂の手を剥ぐと、
またボタンを外し始めた。

「先輩…」
「大丈夫、だから…」

そんなことを言いながら、
よっぽど焦ってたのは俺の方だと思う。

俺は海堂のことが好きで。
やっと手に入って。
でも海堂には好きな人がいて。
海堂が、どれくらいそいつのことを思っていたか、俺は知っている。
いつも見ていたから…。
だから、余計に焦りが募った。

本当に海堂の心がこちらを向くことなんて、
ないんじゃないかと。

そして、間違った考えが浮かんでしまった。
心が繋がらないなら、
せめて身体だけでも。


どうして、
海堂のことが欲しかったんだ…。
























next character→乾貞治


2002/09/26