* 諦めないで、負けないから。 -part.10- *
「あ、あれって桃城先輩じゃない?」
「ほんとだ!キャー!!」
その日、桃城は一年の廊下に来ていた。
別に、荒井に言われたからという訳でもないが…勝郎に会いに来ているのだ。
背中に向けて囁かれた噂話にも、振り向かない。
(本当だったら満面の笑みで振り返ってやりたいところだ。サービス、サービス。)
今日は遊びに来ているわけではないのだ。
テニス部の部長として、先輩として、一部員として、勝郎の様子を見に来たのだ。
「えーっと、確か1年5組だったかなーっと、お!」
丁度その5組の中、カツオの姿を見つけて桃城は足を止めた。
「おい水野、お前って加藤と同じクラ……あ」
居た。
その加藤勝郎は今、正にカツオと喋っていたのだ。
目がばっちりと合ってしまい、気まずそうに桃城は教室に入った。
「あ、え〜っと…なんつうの?…久しぶりだな、加藤!」
その言葉に対し…間。
「…お久しぶりです」
「おぅ…」
ぺこりとお辞儀する勝郎に、なんか違うんだよなー、
という感じで頭を掻く桃城であった。
言葉が見つからず口篭もる桃城だったが、
困った様子で居るのは勝郎もまた同じだった。
ここはオレから切り出すべきだよな、と桃城は頭を捻った。
直接的に言うのはどうであろう…。
だからといって、無意味に話を長引かせるのも…。
「部活のことですか」
「―――」
考え込んでいると、勝郎の方から切り出してきた。
突然向こうの方からストレートに本題に持ってこられたもので、
桃城は少々焦りを隠せなかったが。
「ん、まぁ…そういうことかな、うん。
オレも一応部長になったわけだし、気になってな」
視線を天井に向けてそう言った。
桃城は、再び焦点を勝郎に合わせた。
すると…勝郎は曇った表情をしていた。
やっぱり突然この話題はマズかったか?
と思っていると、色々なことが蘇ってきた。
病院で見た、感情の全くなかったあの姿。
いつも笑っていた部活での姿。
どれが真実で、どれがまやかしなのかも混乱しそうだった。
しかし、全てが現実なのだ。
そして今は曇った顔を見せていた勝郎は…苦笑した。
「大石先輩は約束破るような人じゃないから知らされてないと思いますけど」
「………」
躊躇いながらも、勝郎は言った。
「僕、テニス部やめることに…決めたんです」
「えっ…」
動揺を隠せない桃城だった。
確かに最近は部活にもあまり参加しておらず幽霊部員のような状態ではあったが。
怪我の容態が良くないであろうこともこの前見舞いに言った時にそれとなく分かっていたが。
でも―――…。
まさか、辞めるとは想像ついていなかった。
「あの、加藤。それは…」
声が震えていた。
「退部届けも正式に出します」
勝郎ははっきりと言い切った。
開き直っているのか勝郎は笑顔だったが、
上手く言葉は返せなかった。
「ちょっと…お前、冷静に考えたのか?」
「考えた結果です。決心は出来てます」
「……」
何も言い返せなかった。
桃城は思った。
自分はなんて無力なのだろう、と。
落ち込んでやる部員一人助けられない部長なんて…。
いや、精神的なことなら励ましてやることができる。
(その辺は得意分野、のつもりだ。とりあえず本人としては。)
だけど――身体的なこととなると。
どうもいかないのだった。
そこは医者に任せるしかない。
医者でも無理だというのなら…こっちもお手上げに決まっている。
「腕の調子…あんまり良くないんだな」
勝郎は頷いた。
その目にうっすらと水が溜まっていたのは、見て見ぬふりをした。
視線を逸らしたまま、桃城は言った。
「それじゃあ…いいぞ、やめて」
「――っ」
予想以上にあっさりと決着がついて、勝郎は逆に戸惑った。
瞬きを繰り返している勝郎に、桃城は言う。
「いいぞ、無理しなくて」
その言葉には、怒りや失望は篭っていなかった。
嫌味っぽい言葉に聞こえるかもしれないが、違った。
「やめたいなら、来なければいい。でも!」
「?」
ニッと笑うと、桃城は言った。
「退部届けは受け取らないぜ」
「!?」
そんなことを言われて、勝郎は困った顔をした。
「そんな、僕はちゃんとした踏ん切りを付けた…」
「受け取らないもんは、受け取らねぇ」
頑として首を縦に振らない桃城に、勝郎は俯いた。
桃城は「別に意地悪で言ってるんじゃないぜ」と言った。
「今も大して部活に参加してないし、変わんないだろ?
それに、それなら戻りたくなったらいつでも戻って来れるぜ」
「桃ちゃんセ……部長」
桃ちゃんでいいって、といつものように軽く流すと、頭をぽりぽりと掻いた。
「全く、これだからオレは甘いって言われちゃうのかね。
手塚部長に言わせたらグラウンドもんかもな」
そのちょっとしたギャグに(いや、本人は結構真面目だったのだが)、勝郎は声を出して笑った。
笑いが来る場所だと思っていなかった桃城は決まり悪そうにしたが、
勝郎が笑顔になったことに安心すると、頭にポンと手を乗せ背を向けた。
「そんなわけだからよ。来たくなかったら来なきゃいい。でも」
もう一度、振り返って。
「お前は青学テニス部の部員なんだから、胸張って出てきていいんだぞ」
勝郎は何も言わなかったが、返した笑顔は明るかった。
「桃ちゃん先輩…いい部長ですね」
「いやぁ、どうも厳しさが足りんのよ」
斜めに首を捻る桃城。
勝郎は首を横に振った。
それがあまりに明るい笑顔だったので、
もしかしたら今日辺りから部活に出てくるんじゃねーか?
と錯覚した桃城だったが、やはり、部活に勝郎のその姿はなかった。
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桃カチって結構好きなんだけどダメかなぁ。
2004/06/05