* 諦めないで、負けないから。 -part.11- *
加藤勝郎。3ヶ月という期間部活に参加していないながらも、
部長も公認の正式な青学テニス部員。
だけどやはり…幽霊部員なのは幽霊部員名わけで。
放課後になる度、昇降口で考え込むのだが…足はやはり正門へ向かう。
テニスコートは、ここ数ヶ月目にしていない。
友人のカツオも普段から気を使って、そのことについては触れぬようにしている。
お蔭で、勝郎は今のテニス部の状況を何も知らない。
(3年が引退し、桃城が部長になったということだけだ。副部長すら知らない。)
クラスメイトが野球をしていた体育。
それを見学した後、更衣室へ向かった皆とは別れて一人教室へ直行した。
その廊下で。
「加藤!」
「―――」
呼び止められた声に、勝郎は硬直した。
何故その者に声を掛けられたのか分からない。
先輩の中では比較的多くの関わりを持った人かもしれない…が。
引き止められる理由がわからない。
怒っている、のかもしれなかった。
「荒井、先輩…」
「………」
焦りつつも振り返ると、荒井はやはり不機嫌そうにそこに立っていた。
嫌な予感、的中。
「あ、あの…何か……」
怯えた様子で問い掛ける勝郎。
そんな勝郎は…
「オイ」
…荒井の低い声に…
「ひゃあ、ごめんなさいぃ!!」
…逃げた。
「コラ、ちょっと待て!」
しかし、一瞬にして掴まるのだった。
(体格の差から言って仕方がないといえば仕方ない。)
「…ったく、何でそんなビビってんだよ」
「………」
ビビる。
確かに自分は怯えていたかもしれない。
…どうして?
少なくとも自分は、分かっていたはずだった。
荒井は少々血の気が多いところはあるが、
むやみやたらに暴力を振るったり人をののしったりするような者ではない…と。(多分)
じゃあどうして自分は逃げた?
悪いことさえしてなければ問題はないのに。
…部活に3ヶ月も無断欠席。充分な理由ではないか。
おどおどする勝郎に呆れた溜息を一つ吐くと、荒井は口を開いた。
「お前…なんで部活に出て来ねーんだよ」
「え…?」
勝郎は戸惑いを隠せなかった。
荒井の口から、そんな言葉が出たこと。
その声が、予想より遥かに優しいものだったこと。
「聞いてんのかよ」
「え?あっ、すみません!」
とりあえず謝った。(怒らせると怖いことは、百も承知だ。)
俯き加減に勝郎は始めた。
「僕、その、もう…ラケット振れない…握れないから…」
「――動か…ねぇのか、右手?」
勝郎の口から出た言葉に、同様を隠せない荒井。
その口から思わず零れてきた直接的な問いに、勝郎は下唇を噛んだ。
「あ、ワリ…」
「でも!指先はちゃんと動くんですよ、ホラ」
はっと口を押さえる荒井に対し、勝郎は笑顔でそう言うと指をくいくいと曲げて見せた。
そのあからさまな作り笑いに、荒井は居た堪れなくなって自分の額をガンと殴った。
「あ、荒井先輩!?」
「悪い。オレ、何も分かっちゃ居なかった」
「いや、そんな…」
額からそろそろと拳を離す荒井。
勝郎は控えめに答えたが、心の中ではパニック状態に陥っていた。
どうしていいのか分からずただそこに佇んでいると、荒井は小声で始めた。
「お前だって…テニス、やりたいんだろ」
「えっ、ぁ……ハイ」
「だよな」
荒井はすっと顔を上げた。
そして勝郎に正面から視線を合わせた。
「お前、今日の放課後、テニス部来い!」
「えっ!?」
突飛な発言に、勝郎は思わず甲高い声を上げた。
荒井は続ける。
「今日は、ランキング戦最終日だ」
「そうなん…ですか」
本当だったら、自分も今回から参戦を認められていたはずのランキング戦。
少し心がちくっとしたが、話の続きに耳を傾けた。
「オレは今まで、海堂には負けたけど…3勝1敗で来てる」
「…」
一つ間を置いてから、荒井は言った。
「次も勝てば、念願のレギュラー入りだ」
強く言い切る荒井。
そんな荒井が、勝郎には羨ましかった。
それと同時に、小さな妬みさえ感じた。
何故、それを今自分に言うのか。
テニスが好きなのに出来ないこの身に対して、夢で輝く栄光を語るのか。
自慢したいだけ…には流石に思えなかった。
「とりあえず、来いよ」
それだけ残して去り行く荒井の背中を、勝郎は呆然と見詰めていた。
後ろからやってきたカツオに声を掛けられるまで、そのまま立ち尽くしていた。
→
長いので区切り。やっぱベストは荒カチだよなぁ。(遠目)
2004/06/05