* 諦めないで、負けないから。 -part.12- *
放課後。
勝郎はテニス部コート周辺まで来た、のはいいが。
…中々踏み出す勇気がでないのだった。
先ほどから部室の前を行ったり来たりしている。
来ていいと。お前は正式な部員だと、そう言われたものの。
3ヶ月も空いてしまった間は、簡単に埋められそうにない。
たまに部員が通り過ぎるたびに掛けてくる「加藤だぜ」という声に、
神経を削られまくっているのだ。
「…どうしよう」
元々気が強い方ではない。
勢いで恐ろしいことを言ってしまい、暫くして猛烈に後悔するタイプだ。
結局一歩が踏み出せず、右へふらふら左へふらふら、結局同じ位置へ帰ってきている。
しかし…荒井のあの言葉。
『お前、今日の放課後、テニス部来い!』
……。
どういう意味なのだろうか。
何か、特別な理由でも…。
「これで、俺たちも念願のレギュラー入りか」
「―――」
その声の持ち主は、林大介。
横には池田雅也が居た。
入部当初にいびられたこともあり、勝郎は二人が苦手だ。
更に、今は状況が状況だ。
咄嗟に物陰に隠れた。
「俺全勝、お前1敗」
「う、うるせっ!おれ何故か毎回越前と同じリーグなんだよな」
越前。
池田が放ったその名に、勝郎は反応する。
自分が憧れていた越前リョーマは、今回も全勝でレギュラー入りを決めているのだ。
それに追い付いて、横に並びたいと考えていたのが恐ろしく古い記憶に感じられる。
「しかし…お前、荒井の試合見たか?」
「ああ、アイツあのままだと負けるぞ」
え……。
勝郎は心の中で呟きを洩らした。
負ける?
今日あんなに自信有りげに話していたのに。
どうして…。
「今日伏見勝ってたから…負けると勝率で並ぶぞ」
「セット数でレギュラー落ちありえるってことだ。なのに、アイツも何考えてんだか」
「だな。全くだぜ」
…意味が分からなかった。
話の口振りからするに、荒井は本気を出していないようなことが窺える。
じゃあ、どうして。
どのように…。
「こんな大事な試合に左手なんて。いくら格下相手だからって…越前きどりかよ」
え。
……左手?
もしかして左利き?いやいや。
話の流れから察するにも、今までの記憶を辿るにも。
荒井先輩って右利きだよね?
勝郎は自分に問い掛けた。
「そーそー。格下相手なら利き腕の反対でも勝っちゃう越前君。例えば今日も2年の先輩を…」
「だぁー!もう、うっせぇって林!」
「はははっ」
笑いながら二人は通り過ぎていった。
しかし。
どういうことだ。
未だ納得つかない。理解に困る。
とにかく…!
勝郎はテニスコートへ走った。
そこで見たものは…。
『ゲーム水野!5−3』
「―――」
信じられない光景だった。
カツオには悪い。が、荒井がカツオに5−3で負けているなど、絶対に考えられない事態であった。
6−0であってもおかしくない。寧ろそれが自然だ。
手元を見た。
ラケットは、本当に左側に――…。
「荒井先輩っ!」
思わず勝郎は叫んでいた。
皆の視線が一斉に集まってきたが、そのようなことを気にする余裕もなかった。
「加藤、今頃来たのかよ」
「それよりっ!どうして左手で試合してるんですか!?」
辺りがシンとなる。
荒井は一つ溜息を吐くと自分の掴んだラケットを見ながら言った。
「…難しいな。利き手と反対で試合するのって」
「当たり前じゃないですかぁ!」
半分呆れたように勝郎は叫ぶ。
荒井はくるんとラケットを回すと握り直して言った。
「越前はできるんだ。オレらにもできないはずがねぇ」
「そんな…」
荒井はリョーマを見やった。
相変わらず飄々とした顔がそこにあった。
目が合うと、リョーマは一言。
「カチローが来たんだから、いいとこ見せなきゃ」
「ぁってるよ、ったく…」
会話の踏ん切りを見て、審判がコールした。
試合再開。
カチローは、先ほどの荒井とリョーマの会話が気になっていた。
いいとこ見せる?何故わざわざ。
左手で試合すること自体が支離滅裂だ。
それに、あのセリフ。
越前に出来てオレらに……“オレら”?
それは、つまり……。
球は飛び交う。
あまりスピードはない。
しかし、気の篭った球が一回一回交わされていく。
勝郎はそれを感慨無量の面持ちで見据えていた。
打ち返す球にはスピードが乗らない、体重が掛からない、方向が定まらない。
それでも、全ての球に喰らいついて返していく。
自分がしたかったことは何だったのか。
自分はどんなテニスがしたかったのか。
どうしてテニスがしたかったのか。
テニスが……テニス?
自分はテニスをしたいのか?
「荒井…先輩!」
ぎゅっと力が手に篭った。
「頑張ってください!!」
気付くと無我夢中で叫んでいた。
応援の声は疎らだった周りからも、
いつからか沢山の歓声が飛び始めた。
勝郎は祈らんばかりの気持ちで試合の進行を見守る。
ついにはタイブレークに持ち込まれた試合。
その結果、は。
『ゲームセット!ウォンバイ水野7−6!』
試合終了。
ふぅ、と息を吐くと荒井はバンダナを外してコートから出た。
カツオと堀尾がぎこちなさそうに笑い合う姿が見えた。
いつもだったら、自分もそこに居たのであろうが。
と思いつつも、いつもって、いつのことだろう、と苦笑し。
その場から居なくなった追うべき者を追った。
→
やっぱり荒カティなんだよネ。林とマサやん好きだ…。
2004/06/21