* 諦めないで、負けないから。 -part.2- *












休憩時間、林、池田、そして荒井の3人は部室に居た。
そこで愚痴等を並べたりするのは、最早日課となっている。
今日のメイントピックは、勿論勝郎についてだった。

「なぁ、聞いてたろ?さっきの話」
「ああ一応な」

林は不機嫌そうに言う。


「通り魔だぜ?通り魔。今時そんなんに刺されるやつ居んのかよ」


居るから大騒ぎになっているのだ、現在。
まあ、林は特に深い意味を持ってこの言葉を発したわけではなく、
半分勝郎をけなすような意味合いで言ったのだろうが。

「どうする?今日部活終わったらゲーセン行く話。やめたほうが…」
「バーカ。逆に人込みの方がそういうのは寄り付かねぇもんなんだよ。
 まず第一、俺たちのこと狙うとも思わねぇし」
「だよな」

実は気弱な池田に実は頭脳派な林は返した。(この二人、実に良いコンビだ。)
クスクスと笑いつつ、池田は「見舞い行くか?」と問い、林は「まさか」と返す。


「アイツが部活に来ようと来なかろうとうちらには大して変化ないだろうし」
「確かに。害もなければ利もねぇってか?」

「でも一年の中では一番頑張ってた」
「…まぁ、な」
「それはそうだけどよ…」

今日は珍しく一言も喋らず聞き手(といっても頷きも相槌を打ちもしなかったので、
会話の全てを聞いていたかは疑問だが)に回っていた荒井が、初めて口を開いた。
その言葉に、一瞬林と池田は戸惑った。が、またすぐ話を再開した。


「ランキング戦に入ってきたって、そこまで勝ち上がれるとも…」

「青春台テニスクラブのオーナーの息子だ、アイツは」
「………」

今度は二人は呟きすら零せなかった。
「今日の荒井おかしくねぇか?」「な」とこっそり耳打するだけで。

その声は少し離れたところからも容易に聞き取れる大きさだったが、
ベンチに座っていた荒井の耳には届いていないようだった。
ただ一人、ボーっと天井を――もしかするとそのずっと彼方を――視線の置き場にしていた。



…加藤、何やってんだ、お前。

なに通り魔なんかにやられてんだよ。

女みたいな顔してるからだろ、クソ。

大方、内股で歩きでもしてたんじゃねぇの。



……ふぅ。

荒井は溜息を吐いた。
その様子を傍から見ていた林と池田は、随分不審がっていたようだったが。

なんともやるせない思いが荒井を包んだ。
残りの二人も、何も言うことが出来ない。
部室内は、なんとも静か。


「休憩終了!」

「お、やべぇ」
「行こうぜ」

沈黙から抜け出せてこれ幸い、とでも言いたいかのように、林と池田は部室から出た。
池田がちらりと振り返った時、荒井は漸くベンチから腰を持ち上げるところだった。

思い足取りで、荒井は部室を後にする。
扉を閉じた後、一分ほど立ち尽くしていたが。






コートへ着くと、練習はすっかり始まっていた。
遅れてやってきた荒井に、手塚は眉間に皺を寄せた。
時折怠惰的な態度を見せる荒井のことだ。
手塚の目に、それは大きく映ったのであろう。


「荒井。来るのが遅い」
「……」

「荒井!走らされたいのか」
「あ、す、スミマセン!」

荒井はガバッと頭を下げた。
それで許してもらえるとは到底思っていなかったが、素直に反省の色を示した。
元来、彼自身は遅れるつもりも話を無視するつもりもなかったのだから。

頭を下げたまま、荒井は考えた。


20…30周?

それはヤバイな。

何よりこれじゃあ俺の部長に対する印象が丸下がりじゃねぇか…クソ。

…ところで、この長い沈黙はなんだ?

さすがの俺でも50周はキツイっスよ?



「荒井」
「ハイ…」

手塚は一度、息を吐いた。


「……今日はもう、帰れ」

「!」


帰れ。
それがまさか手塚の口から出るとは微塵も思っていなかった。
いくらなんでも追い返すまで、とは。

遅れたといっても、休憩から一分ほど遅れた程度で?

理由も聞かずに…バカな。


「部長!俺は…」
「無理をするな。上がっていいと言っているんだ」
「………」
「中途半端な気持ちで練習に出てもらっても困る。風紀を乱すし、本人の身にもつかない」


手塚に言われ、荒井は持ち上げていた首を凭れると軽く唇を噛んだ。
そんな荒井に、手塚は極力厳しい口調にならぬように言う。

「何より…これ以上怪我人に増えられても困る」
「………」

荒井には、コートで打ち合うボールの音が、随分遠くに聞こえていたことであろう。
それとも、耳にすら入っていなかったかもしれない。
入っていても、脳までは届いていそうにない。



「いいか。部長命令だ。今日は上がれ」

「…ありがとうございました」


荒井は頭を下げた。
何にしろ、その時の手塚の表情が気になったもので。

哀願に近いような、少し眉を潜めた、顔。
更にその時、肩にポンと手を置かれたのだ。
このような態度を手塚に取られることは初めてだった。

従わなければならない。
本能的にそう悟った。

自分の為ではなく、手塚の為に。
自分の最も尊敬する、部長の、為に。







帰り道、荒井は久しぶりに一人だった。
いつもだったら林や池田とか、一緒にツルんでいる仲間が誰かしら居たものだ。
柄にも無くセンチメンタルな気分に陥り、空を見上げながら歩いた。

浮かぶのは、一人の少年のこと。


……加藤。


何やってんだよ、と怒鳴りつけたかったが、
その宛が無いので、やめた。



――…見舞い。


歩いていて、そんな言葉が脳裏に浮かんだ。
が、頭を振ってその考えを打ち消した。

何処の病院が分からないから…というのは言い訳だ。
ここのすぐ近くには、都でも有数の大きな病院がある。
運び込まれたのは、ほぼ間違いなくそこであろう。

本当のところは…まぁ、気恥ずかしいというか。


大体なんで自分が加藤なんかのために――。



そうだ。
どうして自分がこんなにも気にしているのか。

部員の誰かが刺されたからといって、
家に送り返されるほど動揺するタイプだったか。

どちらかといえば、我関せずといった感じで、
全く気にも留めずに飄々と過ごしているような奴であろう。


それがどうして―――。



ふぅ、と荒井は溜息を吐いた。
苦笑に近い、せせらかすようなそれで。


自分に言い聞かすように、頭の中で唱える。



ムカツク奴、そうだ。

加藤はムカツク奴だ。

いつも俺の前をちょこまかとしやがって。

何かとペース崩してくるしよ。


…いつだって一生懸命だった、けどな。

その癖失敗ばかりだったけれど、努力は人一倍といった感じで。

口先だけの堀尾とかいうサルなんかよりよっぽど進歩していたように思える。

何でも軽がるとこなせてしまう越前なんかよりよっぽど頑張っていたように思える。
(越前の影ながらの努力?そんなもん知らねぇ)


良くも悪くも、目につきやすい奴だった。

気弱で、尻込みするところがあって…その割に意志ははっきりとしていて。


…変なヤツだ。


でも、理由はどうであれ自分の中でそれなりに大きな範囲を占めている存在だということが分かった。



「あ〜あ。お陰で午後の部活がパーだぜ」


思わず言葉を零した。

それには怒りも憎しみも全く篭っていなくて。



思わず笑みを零した。

























やっぱり荒カチがメインになってくるなぁ…。


2004/03/14