* 諦めないで、負けないから。 -part.4- *












「……」


荒井将史、13歳。
青春学園中等部に所属する健全な男子生徒。
少々ワルっ気もあるが、まあとにかく。

それが何故、今、花束を持って病院の前に立っているのか。
そもそもの事の始まりは、昨日午後へと遡る――。



  * *



「なぁ、明後日の部活後、レギュラー全員で加藤の病院に行くらしいぜ」


何気情報通な林がそう言ったのは、部活も終わって部室で着替えている時のことだった。
(一体林はこのような話をどこで聞いてくるのか、それはさておき。)
二つ並んでいる林と池田のロッカーから少し離れた位置のロッカーを持つ荒井は、
首を斜め後ろに倒しながら話を聞いていた。
碌にボタンも外していない(上の二つだけだ)ワイシャツに頭を通すと、荒井は言う。

「だからかよ。日曜の部活は午前中だけだって言ってた理由は」
「じゃねーの」

林も軽い調子で答える。
横で、ボタンを律儀に下から留めていた池田が
(こうするとずらして填めてしまうのを防ぐことができるらしい)、
眉を顰めながら二人に問い掛けるように言う。

「見舞いって、おれらも行った方がいいのかな」
「何言ってんだよ」

と、林が早々に切り返す。


「俺たちには大して関係ないだろ、加藤なんて。な、荒井」
「お、おう。たりめーだろ」


…とは言ってみたものの。

荒井の頭の中はすっかり病院へ向かう方向で定められていた。
話を聞くところに、病院はこの前自分が予想したところで間違いないようだし。
更に、明日は……。


「あーあ。明日はバァさんの都合で部活はないっていうし。明後日は午前だけだし。今週末は楽勝だな」


そう。
池田の言葉通り、明日…土曜日は、部活がない。
土曜ということで、当然授業も午前のみ。
言うなら、行き時である。

勿論日曜日にレギュラーと共に行くこともできるが、本人の性格上、それはあまり好ましくないのだ。
(だって、あれだぜ?天下の荒井様が所詮一人の後輩の為に貴重な日曜の午後を削ってまでして
 病院に見舞いにお出向き、だぜ?ちゃんちゃら可笑しくてヘソで茶が沸く。)


一人で行きたいのだ。
まあ、一人というのもまた、なんとなくくすぐったいものではあるが、変な噂よりは百倍マシだ。



――明日の午後、行ってやるか。


決まった。
何だか少々癪ではあったが、どんな状態か確かめずに不安な気持ちを抱え続けるのもまた癪ってもんだ。


「荒井ー、帰ろうぜ」
「ああ」

林に呼ばれて、荷物を持ち上げて部室を出ようとする。
そのとき――丁度ドアを開けたとき、前には一年生が三人並んでいた。

同じ一年の癖に三人とも姿が違うってのも不思議だ。
(普通の体育着に、ハデなウェアに、レギュラージャージ、だ。クソ。)
色のコントラストに目がちかちかとする。

すっと横を通り抜けた越前は別で、堀尾とカツオはさっと横に避けて道を開けた。
少々怯えた風な声で、「お疲れさまです!」と言われた。
大して気に掛けず通り過ぎようとしたが、何か違和感を感じて一歩目が遅れた。

思考が素早く頭の中を巡り、一秒と至らなかった。
認識して、荒井は嘲るような笑いをして、その場を抜けた。


小さな違和感。
何か忘れ物をしているような、何かが欠けているような。

それが――勝郎のことだと気付いたとき。
荒井は自分を軽んじるように笑ったのだ。

些細なことではあるけれど。
特におじけることもなく、だからといって偉ぶることもなく。
小さいながらに精一杯に張った胸は、どこか凛とした印象を持たせることもあって。
しかしそれはすぐに崩されて、温かい笑みだけが残る。


加藤。お前は―――…



「……アライ!」

「―――」



…呼びかけられて、思考は止められた。


「オイ、お前最近おかしいぜ?」と池田。
先に呼びかけた林の方は、眉を八の字に歪めた微笑を浮かべて言う。

「おいおい、まだテストの心配するには早すぎるぜ?」
「校内ランキング戦は近いけどな」

池田は林の言葉に付け加えるように言った。
二人は、どう考えても荒井が勝郎の心配をしているとは、お見舞いに行くことは、思っていないようだった。

まあ、それは、好都合ではあるが。


「別になんでもねぇよ。今月小遣いピンチなだけだ」

頭の後ろに手を組み、先頭に立ちながら荒井は言う。


「月末だしな」

横に駆け寄りながら、林が茶化す。
その言葉で、思い出したように池田が訊く。

「あ、でもそしたらあれか?明日3人で映画にでも行かないかって相談してたんだけど、お前はパス?」
「あー…パス」


ラッキー。

丁度いいことに、誘ってくることに対しての言い訳まで出来た。

実際のところは、今月はゲームを一つ諦めたお陰で金銭には少し余裕があったのだが。
(貸してくれるヤツがいた。全く、世の中捨てたもんじゃないな。)


とりあえず、明日、行こう。


歩きながら荒井はそう心に決めた。



  * *



そうして、見舞いに来ることは決定していたのだが…
それは花束の説明にはならない。

これはまた話は別で、根源は今日、
出かける直前に起きたのだ。



  * *



「将史、あなたどこへ行くの?」


学校から帰ってくるなり昼食も取らず、服だけを着替えて出かけようとする息子を、母は気に掛けたのだ。
自分の息子が、学校ではそれなりに問題になっていることを、知ったからだ。

本当は見つからぬうちに家を出るつもりの荒井だったが…作戦が狂った。
恐るべし、母の第六感。


さて。
言い訳はどうしたものか。

荒井は考えた。


部活。

…駄目だ。
私服な時点で終わる。


デートだよ。

…これも駄目。
いつの間に彼女を!?と問い詰められてフォローの間を無くすのがオチだ。


友達と出かける。

…無難だ。
でも、あまり良くない。

友達というと、浮かぶのは林とか池田とかその辺だ。
その二人を、母は良く思っていないのだ。
一緒に悪巧みをするメンバーだと知っているからだ。

一時は付き合いを止めることを強制されそうだったが、
「アイツらはそんな奴らじゃない」
という一言でとりあえずは治まっている。

事実、三人では悪戯や…ちょっとした後輩いびりぐらいなら、したことはあったが。
(でも、それぐらい誰でもやるだろう?違うか?)
そもそも、その二人から離れたからといって、自分の態度がすぐ変わるなんて、そんなこと。
逆も同じだ。一緒にいたから悪い影響も何も。(元々悪いモンは悪いんだ)
自分のことを想像以上に理解していない母に、荒井は思わず溜息を吐いたほどだ。

まあ、一応それで今も変わることなく林たちとの付き合いは続いているのだが、
相変わらず母が余り良く思っていないことも、また変わっていない。

さて、言い訳……。


結局思いつかず、本当のことを言うことにした。


「知り合いが入院してるから、見舞い…」


その言葉を発した時、母の表情が豹変した。
荒井はそれに対してギョッとした。

うるりとした瞳を歪ませ、哀愁の表情を漂わす母。
そして、「何でもっと早く言わないの!」と言った。

荒井が適当に言い返そうとするより前、母は行動に出ていた。

「お見舞いに行くのに手ぶらなんて良くないわ。何か手土産でも…」
「オフクロ、そんなに…」

あたふたと動き始める母に荒井はストップを掛けようとしたが、無駄だった。

「丁度昨日買ったお花があるわ!これはまだ暫く持つから花束にして」
「…俺、もう行くぜ」
「待ちなさい!持っていくのよ!」

勢い付いた母は叫ぶ。


結局、少しの足止めを喰らった後…
豪華な花束を持って、荒井は家を出た。



  * *



と、そうして荒井は今病院の前に居る。
そこまでの道のりは散々だった。

季節の色取り取りの花であしらった豪華な花束は、通行人の目を引いた。
(「まあ、彼女さんとデートかしら」「キザだねぇ」)
知り合いに一人も会わなかったことだけが救いだ。
四六時中きょろきょろしていなくてはいけなくて大変だったが。

何度もそれをゴミ捨て場に放り捨てようとしたが、なんとなく出来なかった。
(別に、加藤に花って似合うだろうな、なんて考えてないからな。ああ、考えていないとも。)


「…さて、と」


一つ小さく呟いて、病院の中に入った。




中は天井が低い割にだだっ広くて。
そして独特の匂い。
荒井自身病院はあまり好きではないのだが。

とりあえず受付で場所を聞き、そこへ向かう。



ドアの横に掛かったボードに書かれた名前を確認。

加藤勝郎。ここだ。


ノック…しようとして、固まった。



ちょっと待て。
自分は仮にも後輩受けの悪い人間だ。

その中で加藤は媚びたりしない稀少な奴のうちの一人だが。


――突然自分が現れたりしたら、どうするだろうか。



態度に出さないとしても、少しは不審に思うかもしれない。

質問してくるなんてこともありうる。
(クソ、だからアイツは嫌なんだ。)


訊かれたら…たまたま通りかかったから、とでも言うか。

そうするとこの花束が邪魔だな。

やっぱり持ってくるんじゃなかったぜ。



…あーもう、考えるのも面倒くせぇ。

いきあたりばったりだ。

これ以上俺の花束姿を見る奴が増える前に、これから逃れる方が先だ。
(げっ、思ってる傍から遠くに人影が…。)



ノック、した。2回。

…返事はない。


「加藤?」


呼びかけてみた。

…やはり返事はない。


ついに苛立って、荒井は勝手にドアノブを捻った。



開いた。


その中には―――…。




「……ったく。寝てんだったらそう言えよ…」



いや、寝ていたから何も言ってこなかったのか。

荒井は自分の発言の矛盾に苦笑した。


妙な脱力感を覚え、ベッドの横にある椅子に座った。

すやすやと可愛らしい寝息を立てているその顔を見た。
(寝息を窺うってのとは、また話が違うぜ。)


静かだ、と思った。

もしコイツが起きていたら、どんなにやかましかったんだろうな、と荒井は考えた。
(やかましいという言い方は悪いか。騒がしい…賑やか、よし。それだ。)


自分を見たら、焦った顔をするだろうか。

驚くことは間違いないと思う。

また――…笑顔を向けて、くれるだろうか。


いつものように。

今までそうだったように。


真相は分からないけれど…分かりたくもない。


荒井は勝郎が目を覚ます前にさっさと立ち去ることにした。

手に掴みっぱなしだった花束は、枕元に置いた。

そして、ゆっくりと立ち上がる。

足音を立てないように、抜き足でドアへ向かった。

その際に地面に置いてあった鞄に脚を引っ掛けて物音を上げてしまい
冷汗を掻いたが、勝郎は寝息を立て続けていた。


ノブを最後まで捻ってからそっとドアを開けると、荒井は去った。



「早く良くなれよ」



と。

それだけ残して。

























荒井先輩がキザです。でもその真相は乙女攻です。素敵に荒カティ。ぷっ。


2004/03/19