* 諦めないで、負けないから。 -part.6- *












いつも先頭を切る役は、手塚。

ドアにノックをして、声が聞こえて、返答して、ノブを捻る。
たったそれだけの動作が、大石には大変に見えて、それが少し羨ましかった。不本意ながら。

今まで聴いたことのないような沈んだ声で返事をした勝郎。
ドアが開いたその先の勝郎は…死んでいた。

といっても、決して命を絶ったわけではない。が、

 ―――眼が死んでいた。


そこにはいつもの輝きはなく、陰った瞳はこちらを正確に捉えているのかすら分からない。
とりあえず病室内に入った青学レギュラー陣は、その変わり様に驚愕した。

掛ける言葉が、見つからない。
部屋にまでは入ったものの、何も出来ずに固まっていた。

沈黙を破ったのは、勝郎の方だった。


「…こんにちは」


人形のように無表情のまま頭を下げる仕種に、数人は釣られてさえいた。
レギュラー内で最初に声を掛けたのは、大石だった。

「加藤、どうだい?体の調子は」

少し、頼りない声になっていたけれど。
その言葉に対して勝郎は、さっき喋った際に開けた口を再び紡ぎ、
じっと見ていないと分からないほどわずか、首を下に倒した。

調子の良くないものに訊くのは逆効果だったか、と大石は自分の考えの浅さを呪った。
皆もまた、困惑するばかりだった。


こんなに変わり果ててしまうほど、大きな怪我だったのか?
人格をも変えてしまうほど、自己のショックは大きかったのか?


そんな中、一人だけ表情が違う男が。

リョーマだ。


リョーマは、この前、見た。

明るく微笑んだ勝郎の顔。
早くテニス部に戻ってレギュラー目指すと言ったときの輝き。
まやかしではない、現実。

大石が心配そうな声で「越前?」と呼びかけるのも素通りして…リョーマは勝郎の前に立った。

そして、叩いた。


「何を…!」


焦って大石は間に割り込もうとした。
しかし手塚に止められた。

「手塚…」

戸惑った声で言う大石。
手塚は「アイツは人を傷つけるために手を出したりなどは決してしない」と耳元で囁いた。
大石の肩に手を乗せて。
その時の手塚は既に部屋のドアの方向に向いていたことを察し、皆順々にそこを後にした。
躊躇う大石が最後に残ったが…もう一度リョーマに目をやり、その場を去った。




パタンと扉を閉じて、大石はなんだかやるせない思いで一杯になった。
何も元気付けるような言葉を掛けてやれない。
励ますための行動一つすらとれない。
自分はここまでも不甲斐ない人間であったか…と。

「お前は何も悪くない」

大石の思い詰めた表情に気付いたのか、手塚はそう言った。
その一言に、大石はいつの間にか噛んでいた下唇を解放した。
手塚は暫く大石と目を合わせていたが、その視線の位置をずらして全体を見渡すようにした。
そして問い掛ける。

「この中で、今までに一度でも加藤に会いに来たものはいるか」

…沈黙。

愛の無い話ではあるが、皆ここに来るのは初めての様子だった。
(まぁ、一年である勝郎に直接関わりを持つ者が少ないため仕方ないと言えばそうなのだが)


「…そうか」


溜息交じりに手塚がそう呟いた時、「そういえば…」と桃城が声を上げた。
全員の視線が注ぐ中、少し喋りにくそうに、だがはっきりと語った。

「数日前…越前が、今日は自転車いいって言ったんスよ。
 あ、いつもオレたち一緒に帰ってるんスけど」

ちらっと天井を見上げた後、また視線を手塚に戻して言った。


「何も言わなかったけど…アイツあの日、ここに来てたのかも、しれない、っス。うん」


語尾を途切れ途切れにしながら、桃城は話を終えた。



「絶対とは言えないが…その可能性は大きいな」



乾は眼鏡を押し上げながら言う。
その言葉を受けて、不二と河村が微笑んだ。
海堂は不機嫌そうな表情のまま、「フン」と言った。
(でも本当に不機嫌なのではないことくらい、大石も承知している。)


「越前に…任せよう」


手塚と一瞬顔を見合わすと再び皆に視線を戻した大石は、
中で菊丸がウィンクするのが見えて、漸く、笑った。



越前…頼んだぞ。

そう心の中で呟いて。

























もうちょっと長いんだけど…区切りますね;


2004/04/30