* 諦めないで、負けないから。 -part.8- *












「そうと決めたらこんな廊下に居ないで待合室にでも…」


元気を取り戻した大石がそう投げ掛けた時、病室のドアが開いた。

「越前…」

リョーマは無言で立っていた。
が、顔を上げて辺りを見回し一つの顔を見定めると、言った。


「大石副部長、呼んでますよ」
「え、俺?」


突然の指名に驚いた大石は咄嗟に手塚を見やったが、
無言で頷かれたので、リョーマと入れ違いで部屋に入った。




ドアを閉めると、二人きりだ。
少々緊張しながら、大石は勝郎に歩み寄った。

「どうした…加藤。何か話が?」

言いながら、椅子に座る。


このような話の切り出しは、得意なものだ。
伊達に長年相談役をやってはいない。

勝郎は、小さく頷いた。
まだ薄いものの、先ほどに比べては表情が浮かんできている。

しかしやはり笑顔ではなく、哀しげだったが。


口を開けてから幾分躊躇った後、勝郎は切り出した。

「あの、大石先輩…」
「ん?」

大石は、相手が怖がらないように、且つ話しやすいように相槌を打った。
しつこいようだが、この辺は慣れたものなのである。
現に、勝郎の表情には安堵の色が見えている。
といっても、微かな哀愁は漂わせたままであるが。

一度視線を大石の足元へ泳がせると、上げて、目を見て、言った。



「その、僕…―――」


「…えっ!?」



勝郎の言葉に、思わず大石は立ち上がり掛けていた。

前のめりの体勢で固まる大石。
勝郎は赤い目――大石が部屋に入った時点で既に赤かった――を滲ませて俯いた。

「ごめ…なさい…」
「あ、いや!謝ることはないぞ」

大石は結局立ち上がり、勝郎のことを宥めた。
その間も、頭の中では今勝郎が発した言葉を認識するので精一杯だった。


『――テニス部、辞めます』



ポロポロと涙を零し始める勝郎。
釣られて危うく自分も泣きそうになる大石だったが、そこは堪えた。


自分が、しっかりしなくてはならない。

先輩である、自分が。

それにしても―――。


なんて唐突なのだろう、と大石は思った。
3年レギュラーの自分から見ても、一年生の中でも一際小さい勝郎の頑張りは目を引いた。
特別上手いなんてこと、全くない。
寧ろいつも失敗ばかりで。

だけど返事の歯切れの良さは一番だし、
甲高い声での応援は耳によく届いたし、
ボール拾いは言われなくたってやるし。

それが――何故。


辞める?

テニス部を?



「と…とりあえず、落ち着け。な?」


優しい声で宥めると、勝郎も少しずつ落ち着きを取り戻した。
微かにしゃくり上げながらだが、勝郎は言った。


「僕…もう、テニス無理なん…です。みんなはどんどん先へ行っちゃうのに。僕、だけ…」


俯いた勝郎を、大石は真剣な眼差しで見つめた。
そして、考える。

きっと…今は怪我のことでナーバスになっているのだろう、と。
移り行く世界の中、ただ一人停滞している自分を見るのが辛くなってしまったのだろう、と。
小さく息を吐くと、できるだけの優しい声で大石は言った。

「本当に…やめてしまうのか?」

勝郎は何も言わなかったが…暫く躊躇った後、首をうな垂れるように頷いた。
大石は幾分切なそうな様子も見せたが、それでもやはり笑みは崩さなかった。

「俺は…まだ加藤の頑張る姿を見たいけどな」
「え…っ?」

驚きで顔を上げた勝郎と目を合わせて、大石は微笑んだ。
でも、言葉は強く。

「…駄目か?」
「で、でも僕…」
「別に無理にとは言わないさ」

まごつく勝郎。
遮るように大石が入る。

真剣な表情のまま、でも笑顔は崩さないで。


「それが、俺の勝手な希望だ」


そう告げた。
それに対して、勝郎は。

「…ありがとうございます」

小さく微笑んだ。
どこか淋しげだったけれど。

必ずしも肯定とは受け取れない返事だった。
でも、笑ってくれたことが大石には嬉しかった。

それと、もう一つ。


「こっちの方こそ…ありがとな」
「へ?」


思いがけない言葉に間抜な声が出てしまい、慌てて口を両手で塞ぐ勝郎。
大石は声を出して軽く笑った。

そして、言う。


「俺なんかに相談してくれて…ありがとう」


その言葉に対し、勝郎は微かに頬を染め。

「そんな、僕はお礼を言われるような…」
「いや」

また、大石は勝郎の言葉を遮った。


「嬉しかったよ」


勝郎は、顔を崩して笑った。

「大石先輩は優しいですから。話しやすいです」


その言葉にまた、大石も笑って。

「こういう話は、本当なら部長にするべきなんだろうな。でも、手塚じゃ話しにくいんだろ?」
「いや、僕は別に…!」

いいんだよ、と大石は破顔する。


「こういう相談役は、俺の方が性に会ってるしな」


その笑顔に安心したのか、勝郎ははにかみながら言った。

「手塚部長は…ちょっとだけ、怖いです」
「はは、そうだろうな」

手塚、今頃くしゃみでもしてないかな、と大石は思った。



「それじゃあ、俺はそろそろ行くけど…いいかな?」
「はい!ありがとうございました!!」

立ち上がりつつ大石は言う。
勝郎はベッドの中で焦って姿勢を整えて礼を述べる。

それにしても、と大石は始める。

「今日は一年生の手塚に対する貴重な意見が聞けたよ」

勝郎の方を向き直りながら。

「ミーティングの時に手塚の前で発表してみようかな?」
「あ、あ…それは……」

慌てふためく勝郎に、冗談だよ、と大石は微笑んだ。


「手塚のことも含めて、今日話したことは全部秘密。それでいいな?」
「はい!」


嬉しそうに勝郎も眉を開いた。
ふっと笑みを洩らして、大石はドアノブに手を掛ける。

「それじゃあな」
「ありがとうございました」

最後にもう一度勝郎に向けて破顔一笑し、部屋を出た。



待合室に行くとそこには青学レギュラーの一同が居たので、また、微笑んだ。

























同じキャラ編が続くのは大石だけだったので。(※入れ替えました)


2004/05/13