* 諦めないで、負けないから。 -part.9- *












それから、一ヶ月弱という月日が経ち――勝郎は手術をした。
いや、病院に入ったときにした治療も手術というなら、再手術とも呼べるだろう。

腕の神経を繋げるための治療だ。
そうしないと、数ヶ月のうちに勝郎の右腕の上腕部は壊死してしまうというのだ。

再手術の必要があったため全治で3ヶ月だったのだと、勝郎は知らされた。
手術が成功してもそれは指先がピクリと動かす程度になるだけで、
どちらにしろテニスはできないだろう、とも。


手術は無事成功し、条件付で退院を許可された。
腕にギブスを填めて、リハビリのために週に3回の通院を義務付けされて。



夏休みも明け。
学校にこそ現れたものの、部活には出ぬまま、3週間ほどが過ぎていた。

「オイ、加藤は今日も来てねぇのか」
「あ、ハイ!授業には出てたんですけど…」

少し怒ったような口振りで話す荒井に、カツオは少し怯えたような態度で返した。
荒井は、「チッ」と舌打ちをした。
荒れた様子の荒井からコソコソと離れたカツオは、堀尾に
本当にどうしたんだろね、と小声で訴えかけるように言った。


「ったく、どうなってやがんだ…」


荒井がそう呟いた時、

「よし、練習始めるぞー」

桃城の声が辺りに響いた。



――手塚たち3年は、勝郎が入院している間に全国を決め、そして引退したのだ。
桃城を部長、海堂を副部長に置いた2年中心の部活動になったのだ。が、
勝郎はそれに一度も姿を現していない。

「……」
「オイオイ、しけた顔してんなよ、荒井」

あまりに荒井が不機嫌そうにしていたのか、桃城が声を掛けた。
そんな言葉一つ掛けられた程度で笑顔になる荒井でもないが。

適当に言い返そう、荒井がそう思ったとき、桃城は言った。


「今週末からランキング戦なんだからよ」

「―――」


その言葉に、荒井は表情を変えた。

そう、ランキング戦。
今まで自分がレギュラー入りを夢見て挑んできたそれ。
強豪の先輩たちを相手に、その夢は何度も絶たれてきた。
しかし、今回はその先輩たちが引退してから初めてのランキング戦。
希望は、大きい。

「お前、今回こそはレギュラーになってくれるんだろ?」

桃城が余裕綽々の態度で言うので、荒井はむすっとして返した。

「お前なんか蹴落としてやる」
「お?そういうこと言うならお前のリーグに俺と海堂で入ってやろうか?」

ニヤッとした笑みで桃城は対応する。

「もしくは越前」

うっ、と荒井は唸ると、視線を逸らした。
「…悪かったよ」と呟く荒井に、桃城はニシシと笑った。

荒井は睨むようにすると言った。

「ところで部長、いいのかよ」
「ん、なにがだ」

全く分かっていなさそうな桃城に、荒井は溜息を吐いた。
部長の威厳がねぇじゃねぇか、と。

それに対して手塚部長は…と、過去のことは振り返らないことにしよう。


「加藤だよ。アイツもうずっと部活に出てねぇ。…学校には来てるっつーのに」


小指で耳を穿りながら桃城は

「ああ、そうだな」

と答えた。


その態度は、恐ろしく荒井の気に障った。
部長たるものが、部員のことに関してこんな無関心でいいのか…と。
手塚は一見怖くて近寄りがたいイメージだったが、
部員一人一人のことを思いやっていたことを荒井は知っている。

「お前は…表向き明るいからいい部長と思われてるけど」

そこまで言って一旦区切ると。


「部員全員への配慮や思いやりが足りてねぇんだよ」

「んだと!?」


桃城は凄い勢いで荒井の胸倉に掴みかかった。
でも…荒井が掴み返そうとする前に、右腕を振り上げようとする前に…放した。

荒井は何だか物足りない気もしたが、何もしなかった。
桃城はただ、「悪ぃ」と小さく言った。

「オレは確かに部長としてはまだまだかもしれねぇよ。仕事も全然こなせねぇし…」

俯いた顔から覗く桃城の目に、荒井は自分が言い過ぎたことに気付いたが、
謝るのも自分の柄じゃないので黙っていた。

桃城は続ける。


「だけど…な。一応これでも部員のことは思いやってるつもりなんだよ。
 加藤のことだって……ホントはなんとかしてぇけど」
「………」


そこで荒井は疑問に思った。
もし自分が桃城の立場に立っていたらどうしていただろう、と。


自分が加藤に対してしてやれることは、あるのか――?


「まぁ、そのうち話はするつもりだったけど…でも、なんか決心つかなくてな」
「どうしてだよ」


苦笑いの桃城に荒井は返した。
桃城は荒井の方を鳩が豆鉄砲を喰ったような顔で見返すと、切なげな声で言った。


「お前は…加藤に会ってねぇからわかんねぇだろうがな」

「!」


荒井は言い返そうとして、固まった。
自分は確かに勝郎に会いに行った、が。
そんなのまず自分の柄に合わないし、そして何より。


―――ない。
会っていないのだ。

勝郎が怪我して以来、一度も会っていないのだ。
会いに行っただけで、顔は見たけれど、きちんと面会などしていないのだ。


「……悪い」
「なぁに、いーってことよ」

二人の会話が一段落した、その時。


「桃先輩、練習始めないんスか」
「……あ」


自分が呼び集めたくせに話し込んでしまうもんだから、
部員はそれぞれ打ち合いなり何なりに行ってしまったのだ。

「みんな!悪い!練習始めるから集まってくれ!!」
「…バカが」

海堂にまで突っ込まれる桃城を見て、
やっぱりコイツはダメだ、と思ってしまう荒井だった。


不慣れな部長の仕事に右往左往する桃城から視線を逸らすと、溜息を吐いた。

























桃と荒井は仲良く喋ってる感じで意見の食い違いが多いといい感じ。


2004/06/04